Chapter09『東京漫画賛歌』

優しい作風で読者の心を癒す、Sさん(31歳・男性)の漫画道――。


東京って冷たいですかね? 

それってカップルが行くと、デート失敗する系の

都市伝説と似てるんじゃないかなって、僕は思うんですよ。


いやね、漫画の持込に行った時にですね、

カバンで隠しながら原稿をチラチラ見てたんですよ。

程よく混雑した電車の中でね。


ほら、ありません?

外に出てから鍵かけたか気になる時とか。

アイロンを消したかどうかが気になる瞬間とか。

原稿のページ入れ忘れてないかとか……。

僕ね気になっちゃうタイプなんですよ。


で、こっそりページを確認してたわけです。

んじゃ……ドササーッて見事に床にばらまいちゃったんです。


そしたら、隣に座ってたお兄さんがですね、

『あ、皆さんちょっと動かないで!』

って、原稿踏まないように、

周囲の人に大きな声で注意を呼びかけてくれたんです。


そしたらみんな上半身は自由にしてていいのに、

妙なポーズのまま、止まっちゃってですね、

なんだか笑えちゃうんですよ。

そんな合間をね僕とお兄さんと、

知らないお姉さんとか、オジサンが原稿を拾ってくれるんですよ。


『絵、上手いね』『漫画家さんなの?』

『これだけ描くの大変だね』とかね、

知らない人といっぺんに話してるんですよ。

なんだか不思議ですよね。


でも、そのお陰で無事に原稿回収して、

僕の降りる駅についたんですよ。

すると、みんなが『頑張って』って言ってくれて、

知らない僕が改札に向かって歩いていくのを見てるんですよ。

なんかね、それだけで嬉しくて心が熱くなりました。


東京って冷たいですかね?

僕は……あったかいと思いますよ。


プロ作家になって10年……。

辛いことも悲しいことも山盛りあるんですけど

あの時のことを思うと、原稿を頑張れるんですよ。

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