Chapter08『おかんの財布と嘘つき漫画家』

最近注目を集め始めた期待の新人作家、Bさん(26歳・男性)の漫画道――。


デビューする前、自分はもうプロになったって、

おかんに嘘をついていた時期があったんですよ。

もう、原稿の依頼が沢山来て困るなんて、嘘に嘘を重ねてね。


でもまぁ、おかんは見事に信じちゃってですね、

お祝いをする為に上京するなんて言い出すんですよ。


『頑張ってるんやね~偉いね~』なんて言っちゃってね、

良く分かってないくせに、

俺の原稿とか見てニコニコ顔ですよ。


『けんちゃん、小さい頃から漫画大好きやったもんねー』

とか、母ちゃんの中では、俺はまだ子供なんですよね。

もう俺……オッサンなんですけどね。


でも、若い頃と同じように夢を追いかけてる。

そう……自己満足の原稿ばかり描いて、

それが理解してもらえないのを

出版社のせいにしたりしながら、

追いかけてる……つもり。


そう……バイトもアシも長続きしないくせに、

ペン持ってる時間より、

携帯アプリで遊んでる時間のほうが長いのに、

原稿描いてるより、ピクシブに

落書き投稿してる時間のほうが長いのに、

自分は大丈夫なんて根拠の無い自信を胸に抱いて

……追いかけてるつもり。


俺は他の人間とは違うと思いつつ……。


そんな自分を応援してくれてる、おかんを見たら、

猛烈に恥ずかしくなりましたね。

それなのに俺はまだ嘘をついてる。


でも、そうこうしている間に、

おかんが乗る電車の時間になったんですよ。

でも、ごめん。嘘なんだなんて言えなくてですね。

発車のベルが鳴るんですよ。


駅のプラットホームで、俺が俯いてたらですね、

『けんちゃん、漫画好き?』

って、おかんがふいに尋ねてきたんです。

『好きやけど……でも難しい』素直に零しました。

すると、おかんが俺に茶封筒を渡すんです。

中はお金でした。


『けんちゃん、頑張る時の顔しとるさかい、

これはお母ちゃんからの御褒美や』

『俺、まだなんもしとらん』

『これからするんや』

『小学校3年生の運動会のリレーの時も、

そういう顔しとったもん』

『覚えてへんよ……そんなの』

そんな事を話していたら、電車が発車してですね。

おかんはドンドン小さくなりました。


封筒の中は、ちょっとヨレヨレの1万円札が10枚入ってました。

おかんは最初から俺の嘘なんて見抜いていたのでしょうね。

俺のちっぽけなプライドを傷つけないように、

渡すタイミングを探していたのでしょうね。


そう、小学校三年生の時のリレー、思い出しました。

あの時はね、転んだんですよ、派手にね。

だけどゴールまで行きましたよ。

だから、漫画でもね。


そう思うんですよ。

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