Chapter07『俺はアダルト漫画家』

一時代を築いた売れっ子漫画家、Hさん(43歳・男性)の漫画道――。


自分、大手出版社のマイナー誌で細々と連載してたんですよ。

そう……してたんです。


バトル系の漫画でね、

アニメ化もされたことあるんですよ。

玩具も出てねぇ、子供達の間で

ちょっとしたブームにもなりました……。

そう……ブームだって作ったんです。


でも、今はアダルト誌で

子供がやらしいことをする漫画を描いてます。


自分……娘と妻がいるんですよ。

娘は、俺がバトル漫画を描いていることを誇りにしていました。

妻は、俺が漫画家として活躍していることを

自分のように喜んでくれていました。

そう……全部過去の話。


妻と出逢ったのは、出版社のパーティでした。

その時は人生の絶頂だったんで、

交際して間も無く、勢いに任せてプロポーズしました。

すぐに子宝を授かり、素朴ながら幸せな年月を重ねてゆきました。


だけど、だけど……娘が12歳になる頃、

雑誌が休刊になることが決まったんですよ。

俺はすぐに担当に相談して

連載作品の移籍を持ちかけたんですけどね、

人気も下がり気味だから打ち切りってね……。


その時、他誌で描いてた作品も

タイミングを見計らったように人気が落ち込んで

続々と連載が終了してたんですよ。


かなり焦りましたね。


今描いてる原稿が終わる前に、

新しい仕事先を決めないと……ってね。


でも、そう簡単にいかないのが漫画道なんですよ。

担当もギリギリまで俺をサポートしてくれたんだけど、

雑誌休刊に伴い、担当も異動。


本格的に焦りましたね。


やばい、次の仕事決まってないのに無職だ。

何処も俺を使ってくれないよ。

漫画家多すぎだよ! 

ってか、俺もうけっこうな年だけど、

一から営業とか出来るのか!?

今まで全部、担当任せだったから、

会社と直接交渉するとか、やったことないよ?


幸い、蓄えはあったんです。もしもの時を、

何処かで想像していたのかも知れないですね。


妻はパートの数を増やして、俺を支えてくれてるけど、

仕事してない状態が続けば続くほど漫画家は不利になっていく。

早く、早く原稿を描かせてくれる所を探さないと……。


そんな折、随分昔に小説の挿絵を描いたことがある

出版社から連絡が入ったんですよ。

『うちで仕事しませんか?』ってね。

異動した担当が、俺のことを気にかけて、

異動をしても彼方此方に売り込んでくれてたんです。

ありがたい話ですよね。


だけど、そこはアダルト系の出版社。

過去に描いた挿絵も際どいイラストだった。

仕事の依頼内容はもちろん成人向け漫画ですよ。


妻は仕事だからと理解してくれていたけど、

内心嫌だったろうな。妻の両親の実家、寺だもんな。

向こうの両親……俺が漫画家だって知っただけで

露骨に嫌な顔してたもんな。

漫画より寺継げって言われたけど断ったもんな。


妻はいい……大人だ。だけど娘はどうする?

あの子は、俺が少年漫画を描いてることを誇りにしていた。

作文で何度も『お父さんは漫画家』って書いてたよな。

『お父さんはエロ漫画家』になっちゃうけど、どうなんだ?

俺は俺は……どうするべきだ?


なんて悩んでても、もう蓄えが尽きそうだ。

連載が終わって営業ばっかやってたけど、

気がつけば半年以上経っている。


いい返事をくれた出版社なんて、一社も無い。

俺の世間の評価なんてこんなものなの? 連載してたよ? 

コミックスも出てるよ、キャラグッズは売れたよ!


雑誌が休刊になった時、

数少ない漫画家友達は、故郷に帰った。

実家の工場を継ぐと言っていた。


俺も……俺も、

妻の実家の寺を今からでも継ぐべきなのか?


無理だ。俺は漫画しかないよ……。もっと年取って、

『昔はちょっとプロだったんだよね』なんて言いたくない。


俺は悩みに悩んで、妻に相談して

声をかけてくれた出版社で仕事をすることに決めた。

そして、成人向け漫画を描き始めた。

娘には内緒で……。


ペンネームを変えての執筆。


WEBでは『これって○○で描いてた○○じゃね?』

『半端な漫画家の末路w』こんなことを言われている。

だけど、俺は家族を養う為に描く。


俺は描いた。家族の為に描いた。

だけど、そこそこ人気があったのは最初だけ。

描き続ける為に過激な表現が求められるようになった。

そして……自分の娘と同じ年頃の女の子が主人公の、

アダルト漫画を描いた……。


皮肉なことにヒットした……。


妻は最近、俺のことを、

少し遠ざけているように感じる。気持ちは分かる。

近所の人になんて説明すんだ? って感じだもんな。

だけど……これも家族の為なんだ。


俺は苦しみながらも漫画を描いた。

でも、来るべき時は来た。


そう……俺が留守の間に、

娘が原稿を見てしまったわけですよ。


『パパ大好きー』なんて言ってたあの子が

俺をゴミでも見るような目で見るんです。

ヤバイぐらいに心臓が脈打って、俺は何も言えなかったよ。


説明なんてしても無駄だ。

幼いその胸に、漫画家の苦悩なんて届くわけがない。


不運は続いた。


成人向け漫画を描いているというのが、

近所に知れ渡ってしまった。

それでも、俺は漫画を描き続けた。

教育関係の事務局から苦情の手紙や電話がきた。

俺の漫画は性犯罪を助長すると言われた。

それでも……俺は漫画を描き続けた。


俺はこの仕事を誇りに思っている。

求められるから描いている。

家族の為に描いている。

俺は漫画家なんだよ。


元々描いてた作品とは畑が違うよ。

だけど、俺はずっと漫画を描いてたいんだ。


それからしばらくして、妻が体調を崩した。

近所の人に何か言われたらしい。

娘は最近素行が悪くなり、家に帰らない日が続く。


過去が異様に遠い物のように思えた。


もし、俺が最初からアダルト漫画家だったら、

今もまだ幸せな家庭のままだったのかな?

そもそも結婚すら出来なかったのかな?

父親がエロ漫画家……。

娘はそりゃショックだろうな。

妻も辛いだろうな……。


だけど、これが俺の仕事なんだよ……。

カッコつけても締まらないけど、

誰かが俺のエロ漫画を待っててくれてんだ。

そんなにカッコ悪いのか……? 俺と俺の作品は?

汚いのか? 汚れた仕事なのか?

俺という人間を見ないのか?

仕事は仕事で、俺は俺だろ?


現在、俺は妻と娘と別居し漫画を描き続けている。

俺の漫画道は、どこに続いているんだろうな?

5年後……10年後に俺はこの道を歩いているのかな?

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