Chapter06『先生と教室と原稿』

耽美な画風で女性ファンに支持されている、Sさん(24歳・女性)の漫画道――。


プロ作家のグループとかサークルに入りたいなぁ。

本当に仲良くできる作家の友達が欲しいって思う反面、

めんどくさい……って思っちゃう自分がいるんです。


私は漫画家5年目の24歳なんですけど、

プロになる前(学生の頃)から人の輪に入れない人間でした。

プロを目指すサークルとか勉強会に入っても、

いつもどこか浮いていました。


『私なんかがプロになれますかぁ?

ほんっと私の絵って壊滅的にダメなんですよぉ!

○○さんの絵ってホント綺麗ですよねぇ~憧れちゃいますぅ』

年が近い志望者さんに、こう言われたら、

『壊滅的にダメって分かってるなら、

早く直したほうがいいですよ。

私だって最初から上手かったわけじゃないです。

あと謙虚すぎるとかえって気持ち悪いです』

って言いたくなるし……。


『私って生き方そのものが不器用なんだよね! 

やっと分かったwww

我慢して編集の言う通り描くなんて私じゃないよねwww

うん! これが私! だから不器用なまんま突っ走るwww

遠回りしたけど見えてきたwww編集と喧嘩してくるwww』

30代後半の志望者さんに、こう語られたら、

『それ、定期的に言ってますよね?

自分のあり方の再確認ばっかして、

どれだけ存在が不確かなんですか?

そんな自分がちょっと変わり者で面白いとでも?』

って言いたくなる……。


黙ってりゃいいのに、言っちゃう。

ようするに……私、性格が悪いんですよ。

学生の頃は、こういうパターンを繰り返し、

色んなサークルで毛嫌いされてました。


まぁ……こんな性格なので友達はいませんでした。

クラスでもいつもひとりぼっち。

寂しかったけど、自分のやり方が正しいと信じてました。

遊ばず、時間を無駄にせず、毎日決められた枚数を描く。

オフ会とか同人に溺れて目先の欲を満たさない。

ただ慰め合い、愚痴を言い合うだけの友達は作らない。

毎月新作を描いてコンクールに応募。

アルバイトで貯めたお金は、持込の資金用に貯金。


自分はプロになる!

必ず自分のやり方が正しいと証明してみせる!

そう思ってました……なんとも地味で暗い青春です。


高校卒業間近の頃も、ただひたすら原稿を描いてました。

親がどうしてもというので、一応受験はしていたので、

受験勉強で多少削られた時間を取り戻す為に、

学校でも原稿を描いてました。


そうしたら、いつも騒いでる男子のグループが、

暇つぶしに私をからかい始めたんです。

イケメンリア充がオタクをからかう。

ベタな展開ですけど、原稿を見てはしゃいだりね。


相手をすると盛り上がっちゃうんで、

いつものように冷めた顔で

無視でもしてたら良かったんですけど、

つい苛々しちゃって『やめてよ!』なんて言っちゃったんです。


あの年頃の男子とかって、

目立ちたいし騒ぎたいじゃないですか?

だから、私の反応が面白かったらしくて、

原稿をみんなの前で読み上げたりからかったりね……。

それが妙に悲しくて……悔しくて、

小さい子供みたいに必死で原稿を奪いにかかりました。


それが余計に面白かったみたいで、クラス中が爆笑です。

ああ……私って友達いないんだなぁ。

人に冷たくあたってきたから、

こういう目に遭うんだって妙に実感してました。


『漫画描いてるから暗かったんだ~』

『学校で描くなっつーの。ははっ!』

『漫画家になれるとガチで思ってんのぉ? ぶはっ!』


色んな言葉が飛び交い、心に突き刺さります。

すると次の瞬間、担任の先生が教室に飛び込んできて、

私から原稿を奪い取った男子を殴り倒したんです。


『卒業前になにやってんだ……。先生は恥ずかしい……。

俺はお前達をそんな風に教育した覚えはない!』

先生は手を震わせながら、教室を見渡しました。

『人の一生懸命を笑うな! そんな人間にだけはなるな!』

目を真っ赤にして、床に倒れる男子を見つめました。

殴られた男子は瞳を伏せて、ただ唇を噛み締めてました。


教室は一瞬で静寂を取り戻し、騒動は治まりました。

でも、この時代……鉄拳制裁は愛の鞭とならないので、

ちょっと問題になっちゃいました。


先生と私、それに殴られた男子は校長先生に呼ばれてね。

保護者に謝罪に行くとかね。

先生は『どのような処罰も受けます』と言いました。

でも、殴られた男子はこう言ったんです。

『先生は悪くねぇよ……。俺がちょっとはしゃいだだけ』と。


ああ……この人は、あの一瞬で少し大人になったんだなぁ。

自分にされたことも忘れて、感心したのを覚えています。


その後、その男子がいつも食べてた、

イチゴの飴をくれたんですよ。

『なんか悪かったな……』とか少しすねた顔でね。

あのイチゴの飴、甘酸っぱかったなぁ。


“人の一生懸命を笑うな!”

真っ赤な目で訴えかけた先生。

あの言葉……胸に突き刺さりました。

私がバカにしていた漫画家志望者さん達も、

自分達それぞれの、不器用な戦いを続けていたのでしょう。

私はそれを愚かだと言い、

人の一生懸命を嘲笑っていたのでしょう。


教室に戻ると、男子がクラスのみんなに照れながら言いました。

『こいつの漫画からかうなよ』って。

すると『からかってたのアンタじゃん』ってみんながね。

なんでしょうか、そんなマヌケなやり取りが面白くて

ついつい笑ってしまったんですよ。


学校で初めて笑いました。

私が笑うのを見て、気がつけばみんな笑ってました。

みんなと笑ってふざけ合う。

こんな学生生活もあったのかなぁ……。

私は少し後悔しながら、高校を卒業しました。


“人の一生懸命を笑うな! そんな人間にだけはなるな!”

あの時、先生が怒ってくれなかったら、

私はかなり曲がった偏屈漫画家になっていたでしょう。

人をバカにして自分だけが正しいと信じていたでしょう。

あの言葉は私の為にあったのでしょう。

先生ありがとう。

みんな、あの日一緒に笑ってくれてありがとう。


同窓会でね……こんなスピーチをしたら先生号泣だったなぁ。

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