Chapter04『僕の漫画はクズじゃない!』

自分の半生を漫画で綴っている、Aさん(25歳・男性)の漫画道――。


持ち込み行く時って、

『どうせ酷評されるだろ』

『名刺一枚貰えず帰るんだろ』って思いながらも、

心のどこかで期待してる自分っていませんか?


『君は天才だ!』

『これはこのまま連載だ!』

『連載は大成功だよ! アニメ化も決定だ!』

なんて言われる夢……想像したことありませんか?


僕は人に原稿を見せる時……、

ゲロですよ、ほんとウンコみたいな漫画ですよ。

って言うタイプなんです……。

脳内では、シンデレラストーリーを妄想してるんですけどね。


まぁ編集に原稿見せた時に、深~いため息吐かれて、

本当にゲロだったんだって現実を突きつけられました。

『客観的に原稿見てる? 線も雑だし』

『なんか首長いよね? デッサン練習してる?』

『それと、女の子がなんか柔らかくないんだよね、

男の体に顔が女みたいなね。これじゃ萌えないよ』

『そもそもどっかで読んだような話だしね』

こんなことを言われましたね。


もう気分悪くなっちゃって、早く帰りたいなぁ。

もう二度と会わないだろうから、もう帰っちゃおうかなぁ。

なんて、嫌な汗かいてました。


そうしたら『でも、そんなことは、

もっと描いたらどうとでもなるから、

アシスタントとかしながら頑張らない?』

って、言われて余計に汗が噴きだしました。


それから、アシスタントに行くようになりました。

でも、すぐに辞めたくなりました。


ここまで話を聞いて、多少は感じたと思うんですけど、

僕ってなんか面倒くさそうでしょ?

……ウザイを全力で形にしたようなね。

自分で自分を否定してるクセに、

人に言われると怒り出すとかね……。

自分で自覚してるんですけど、治らないんですよ。


こんな性格だから、

アシスタントの仕事が辛くて辛くて……死にそうでした。

先生はアシスタントと話しをしながら、

テンション上げるタイプの作家さんだったんで、

毎日『今日あった面白いことを話して!』

『なんかネタ出しして!』なんて言うんですよ。


でも、無いんですよ。僕。

家帰ってお母さんの作った御飯を部屋で食べて、

寝るまでプレステして終わりですから。

もしくはニコニコ動画をチェックして、

ダラダラ動画見て終わる毎日ですから。

『面白い話があったら僕が聞きたいし体験したいよ!』

って、逆切れしそうになりながら、

『す、すみません……話無いです』って言って頭下げてました。


そうしたらですね、

先生が舌打ちするんですよ。


これがもう凄く嫌でした。

先生は辛気臭い僕が嫌だったでしょうけど……。


アシスタントが嫌だった理由は、先生以外にもありました。

一緒に働いている人がテンション高いんですよ。

同人やコスプレにドップリハマッてるタイプの人で、

特有のギラギラ感が猛烈に苦手でした。


僕もそれなりに、アニメやゲームは好きなんですけど、

そこまではハマれないんですよ。

コスプレとかどうしてするの? って思っちゃうし、

なんでオッサンが女装してるの? って考えちゃうし、

没頭する様は羨ましいけど、入れないんですよ……。 


舌打ちとギラギラに囲まれる毎日。

必要とされてない自分。

何処にも属せない自分。


ほんのちょっと、人より幸せになりたいだけなのに、

どうして上手く行かないんだ!


ああ、アシスタント辞めたい。

辞めたい。辞めたい。辞めたい。辞めたい。

小学生の頃に戻りたい、戻りたい、戻りたい。

昔は足が速いだけで人気者になれたのに!

作文で表彰もしてもらったのに!

今は何も無い! 誇れる物が何も無い!

漫画しかない、僕にはもう漫画しかない!


なんて……全力で駄目エネルギーを放出してたら、

うっかり受賞したんですよ。僕の漫画。


でも、先生もアシ仲間も、

『ふーん』って感じでした。


『お前みたいなのが受賞しなくていい』

『お前は世に出ないほうがいい』

そんな声が聞こえてくるようでした。


そりゃそうですね……。

良い意味でも悪い意味でも、

自分の行いが反映された形になってたんですよね。


漫画家って上手に友達が作れるタイプの人と、

まったく作れないタイプの人がいるんですよ。


僕は、人と接したり外でエネルギーを得るタイプじゃなくて、

内にこもって、悶々とした中で描くタイプだから、

人の輪にスゥッと入ることが出来ないんですよ。


そういうのってあんまり理解してもらえなくて、

『暗い』『社交性が無い』『何考えてるか分からない』

って言われるんですけどね……。

男の漫画家って僕みたいなタイプ多いと思うんですけどね……。


漫画家になった今となっては、

自分の性格が自分の作品を作っている。

っていう風に思えるようになったんで、

もういいや。どうしようもないし。

って考えるようになったんですけど、

プロになる前は……将来が怖くて仕方がありませんでした。


友達もいない、家族ともまったく上手くいってない。

妹には気持ち悪いって言われて、

お父さんとは、もう随分長い間話してません。

お母さんは僕の部屋の前に御飯を置いてくれます。


もう……駄目だ。

人生終了の予感しかしませんでした。


だから漫画で頑張ろうと思ったんですけど、

アシスタントの仕事が辛くて辛くて、

漫画も止めようかなって思った時にですね、

やっと受賞したんですよ。


僕は自分の原稿を、人に見せる時は、

恥ずかしいからゲロだとかウンコレベルとか言って、

傷つかないようにガードしてたんで、

受賞の知らせを聞いた時、体が震えました。


でも……すぐにまた不安になりました。

誰にも報告する人がいないんです。


アシスタント先の先生に、

『連載原稿の準備をしたほうがいいって言われたので、

アシスタントを辞めます』って伝えたら。

『君さ、漫画家って結局は、

人と関わる仕事だからね。もっと真剣にやれよ』

なんて怒られました。

アシ仲間はそんな僕を見て鼻で笑うばかりでした。


分かってる。分かってるんですよ。

でも、僕はこんなんなんですよ。

これでもMAX一生懸命なんですよ。


ああ、孤独になりたいのに、孤独が怖い。

人よりちょっと幸せになりたいだけなのに!

どうしてこんなに上手くいかないんだ!


中学生の頃に戻りたい、中1の頃に戻りたい。

あの時、爽やか仲良しグループに入ってたら、

僕はもっと違う人生を歩んでいた!

好きな女の子を見て鼻血さえ出さなかったら、

僕は気持ち悪いって言われることはなかったんだ。

男ばかりの工業高校なんかに行くんじゃなかった!


というような駄目オーラを放出しまくっていたら、

何故だか連載が決まったんですよ……。

人生って不思議ですよね。

編集さんには『それが君の味だ』って言われました。


気がつけばプロになって2年ぐらい経ってました。

相変わらず友達はぜんぜんいませんし、

家族と離れて暮らすようになって、

前よりいっそう家族間の温度は冷めました。


人恋しくて……ネットに入り浸ってるけど、

寂しさが埋まったことはありませんでした。


小さい頃は楽しんでやっていたゲームも

今では『時間潰し』という、

潰さなくてもいいモノを潰す道具になりました。


時間だけはある。

お金もちょっとある。

漫画を描くのが仕事だ。

これって人から見れば幸せなんだろうな。


良かったじゃないか、

夢だった『人よりちょっと幸せになりたいが叶ったぞ!』

なんて自分に言い聞かせたんですけど、

虚無感は広がるばかりでした。


そんなことを考えながら、

公園で一人、ベンチにポツンと座ってたら、

なんとなく悲しくなっちゃって、

僕……このままどうなっちゃうんだろう?

って凄く不安になったんですよ。


ずっと一人なのかな?

一人ぼっちで漫画描くのかな? って。


そしたら涙がですね、スゥーッて流れ落ちました。

ちょっと精神的に弱ってたのかも知れないですね。


もう拭っても拭っても、涙が止まらないんです。

そうしたら『どしたい? 兄ちゃん?』

って、ホームレスの人が話しかけてきたんですよ。


普段だったらギョッとして逃げちゃうんですけど、

その日は人恋しくて人恋しくて、

『僕は漫画を描いてるんですけど、

友達がいなくて家族とも絶縁状態なので、

誰にも自分のことが話せなくて、ただ寂しかったんです』

って、心のままを話したんですよ。


馬鹿にされると思いました。

小さいことで悩んでるって、笑われると思いました。

でも『なんじゃー。ほしたら、

おっちゃんやらが友達になったる』

なんて言い出すんですよ。


その後、そのおじさんが友達のホームレスの人にも声をかけて、

『漫画見せろ見せろ』って空気になったんで、

掲載されている雑誌を読んでもらうことになりました。


そうしたら――。

『凄いなー凄いなー漫画描けて凄いなー』

『これ、全部兄ちゃんが描いとるんか!? ほぉ~!』

大人が子供のように驚いてました。

そして一緒に御飯を食べました。

賞味期限ギリギリのお弁当でしたけど、

人と食べる御飯の美味しさを久しぶりに思い出しました。

『漫画読むからよ!』

『拾った雑誌かも知れねぇけど。あっはっは!』

おじさん達は、笑って僕の背中を押してくれたんですけど……、

僕、照れ臭くなっちゃって。

こんなのウンコ原稿ですよ。って言っちゃったんですよ……。


すると、おじさんの顔から笑顔が消えました。

『自分で自分を悪く言うんじゃねぇ』

『自分の一生懸命は自分にしか分からねぇだろ?』

『兄ちゃん、お前の漫画は、

ウンコだって言って欲しいわけじゃないんだろ?

だったら、そんな悲しいことを言うんじゃねぇ!』

そこには、大人の男の顔がありました。


でも次の瞬間には、

『って……こんな底辺な暮らししてる、

ワシらに言われたくないのう!』

って笑うんですけど、僕の心に、

ようやく何かが芽生えたような気がしました。


僕を一番馬鹿にしてたのは、

きっと僕自身だったんでしょうね……。


それから暫くして、

そこの公園は区画整理でなくなって、

おじさん達はいなくなっちゃったんですけど、

僕の漫画、読んでてくれてるかな?

って思ったら、もう前のような虚無感は無いですね。


僕の漫画はウンコです。

かつてそれは僕を守る為の歪んだ言葉でした。

だけど本当に守りたいのでこう言います。

僕の漫画は僕が一生懸命描いた宝物です。

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