第二十五
次の日、心優は、弓道教室に行くと、柴田がいた。
柴田は、心優と重なり、ドキドキしていた。
「荒井もやってたんだ」と、もじもじしなから言うと、「なつかしい。。荒井と呼んでくれて。」と、忘却の瞳で応えた。
「心優で、いいよ。みんなそう呼んでいるし」と、言うと、「み、み、み、荒井」と、今まで通りの苗字でしか呼べず、逆に俺嫌われちゃうんじゃないかと、心配した。
「柴田ぁ、名前は何だったっけ?」と、唐突に聞くと、「お、俺?柴田だよ、あ、柴田大祐、だよ。」と、応えると、「大祐か、大祐よろしく」と、当たり前のように、名前で呼んだ。
「あ、ああ、よろしく」と応えると、「俺だけ、心優と呼べたら良いのに」と残念に思った。
気づけば、一組は、男女問わず、名前で呼び出していた。
そして、扇子は、他の組でも流行り、学年中で、みな、扇子を片手に授業を受けていた。教師たちは、温暖化で仕方ないかと、諦めムードだった。
「二人とも、知り合いだったの?仲よさそうね」と、講師が言うと、心優は、ぽけーと、大祐は、ぐにょぐにょ動いていた。
「さ、やりましょ」と、声をかけると、心優の瞳は、キリっと、変わった。
大祐も、急に男らしい顔立ちに変わった。
二人は、並ぶと、それぞれ弓を引いた。
バンッ!矢は、二人とも真ん中に的中した。
ほぅ、、と、大人たちは、感心する。
それから、二本弓を打つが、二人とも真ん中に的中した。
そして、順番に打って行くが、一通り打ち終わると、お昼の合図のチャイムが鳴った。
「ご飯だ!」と、心優は、嬉しくなり、お弁当を出す。
大祐は、おにぎりを出して、皆で食べ出した。
「大祐、おにぎりだけ?」と、心優が、聞くと「ん?ああ、そうだよ」と応えると、「あたし、おかずいっぱいある」と、どでかい弁当箱を、差し出した。
「それだけじゃ、お腹すかない?これ食べていいよ」と、言うと、「い、いいよ、俺これだけで充分だし」と、言いながら、お腹はぐ〜ぐ〜と鳴っていた。
大人たちは、その姿をニコニコしながら、見ていた。
「じゃあ、ちょっとだけ、、、」と、唐揚げを食べると「うめー、これ」と、言うと、卵焼きを食べると「これもうまい」と、どんどん食べ出した。
ふと、心優を、見ると、サラサラと、空気になびく、心優の髪が、目に入った。
後ろに一本結きした、髪は、心優の腰まであった。
黒く光を帯びたその髪は、心優を別の人へと、見えるようなそんな気さえした。
いつも、二つにわけ、団子にしていた心優の髪型は、心優のトレードマークだったが、大祐は、一本結わきの髪型を、結ばずに、流したら、と、考えてしまった。
想像した自分がやらしく感じて、恥ずかしくなった。
「ふぉふすふぁんふぁ、むほうふあんふあんふぁ?」と、口の中にご飯をいっぱい詰め込んで話しかけた。
「荒井、食べてから言ってくれ、、、」
と、気づかれていないことに、安心した。
練習が、終わると、みな、ありがとうございましたと挨拶を終わると、それぞれに帰り支度を始めだした。
「それては、私たちは帰ります。」
と、いいながら、よく見ると、二人は、手を握り、素直に帰って行ったそして、顔を真っ赤にして、傘を深々にかぶると、誰にも会いませんように。と、柴田は、願いながら「大祐は、こっちだっけ?」と、聞くと「あ、うん、そうだ。」」あ、じゃ、俺は」と、言い、凝り惜しく手を離すと、帰って行った。
「手を繋ぐなんて、幼稚園以来だな」と思うと、「なんでこんなに懐かしいのかな?前にもあったのかなぁ?」と考えながら、うちに帰ると、心優は、幼稚園のアルバムを出して、まじまじと見てみると、「あった!これだ!」と、それは、みんなで手を繋ぎ踊っている写真や、運動会や、授業風景や卒園写真に、いつも 美歌と、一緒に写っていた。
「そうか、だから懐かしかったんだ。でもあたし全然覚えてないなぁ?なんでだろ?」と、不思議に思うと、アルバムを持って、一階におりて行き、母を見つけると、「お母さん、あのさー、このアルバムなんだけど」と母に見せると、母はびっくりすると、「そんな物早くしまいなさい」と、口調を荒げて言うと、アルバムを取り上げてしまった。
心優は、びっくりして「返してよ。それ、あたしのアルバムでしょ」と言っても、母は、口も聞かなかった。
心優は腹が立ち、台所の扉をバンッと閉めると、自分の部屋へ帰って行った。
夕飯が出来ても、母は心優を呼ばなかった。心優もおりていかなかった。
じーちゃんは、どうしたのか、気になり、心優の部屋に行くと、心優が、目を真っ赤にして、ドアを開けた。
「心優、めしは食わんのか?みんな、食ってもたぞ。」と、言うと「あたし、知らなかった。呼ばれてもいない」と泣き出した。
じーちゃんは、びっくりして、「誰も呼びに来なかったんか?」
「何があったんだ?」と、聞くと「.幼稚園のアルバムを、見せただけだよ」と、言うとまた泣き出した。
「.幼稚園のか?」
「心優、お母さんは、春一が産まれたばかりだから、気が立っていた、頃なんだよ。許してやってくれ。」
「春一と、あたしが何の関係があんの?それと、アルバムが、なんの関係があんの?どうして、あたしのアルバムは、幼稚園のアルバムしかないの?」と、言い出すと、心優は、大泣きし出した。
「心優、お母さんは、不安定な時期だったんだよ。初めて産まれた心優に、産まれた春一に。許してやってくれ」と言うと、「じーちゃんの部屋に来なさい」と言うと、じーちゃんは、一階におりて行った。
心優は、泣き止むと、じーちゃんの部屋に行った。
「じーちゃん。」
「おう、来たか、はいっておいで」と、優しくいうと、扉をあけると、たくさんのアルバムが、机の上に置いてあった。
「アルバム?」と、言うと「ああそうだ。心優のアルバムだ」
「こんなにたくさん、、、」
「心優、見たらびっくりすると思うが、じーちゃんが、そばにいるのを忘れちゃいかんぞ」と言うと、アルバムを広げた。
「これは、心優が、お母さんが、妊娠八ヶ月の時に産まれた時の写真だ。」と、言い見せると「こんなにちいちゃかったの?」と、保育器の中のやたら小さい赤ちゃんの写真があった。いろんな管が、たくさんつけられていた。
じーちゃんは、重く口を開いた。
「心優、じーちゃんは、話さなければならないんだな。」と、言うと
「心優はな、お父さんとお母さんの本当の子供なんだかな。産んだ人は、お母さんじゃないんだ、」
「どういう事⁈」驚いた心優は、動揺した。
「お母さんは、子供が育たない身体だと言われてな。悩んだ末、健康な身体の女性にお腹の中で育ててもらうことにしたんだ。それが心優だ。」
「しかし、その女性も身体が持たなかったんだ。それで、心優は、八ヶ月で産まれたんだよ。」
アルバムは、心優が、保育器の中にいる写真だけで、一冊うまっていた。横には、生後一日から、保育から、出る前日まで書かれていた。
次のアルバムには、ばーちゃんが,心優を抱っこしている写真だった。
じーちゃんが、抱っこしている写真もあった。
それから、心優が、ゼロ歳から一歳までの写真が載っていた。
次に、一歳から2歳までの写真。
次に、2歳から3歳までの写真。
と、見て行くと、段々なんとなく分かって来た。
心優が、笑っている写真が、一枚もない。お母さんや、お父さんと写っている写真もない。
寝てばかりの写真。
でも、3歳から心優の写真は、かわってくる。
座っている写真や、立っている写真。
四歳の頃の写真は、歩いているような写真も。
それから、幼稚園入園の写真。
心優は、笑っていた
しかし直ぐに、泣いているばかりの写真になる。
それから間もなく、春一を抱っこしている写真が、続く。春一が気に入ったらしく、笑っている写真が、多い。
春一のアルバムを、思い出すと、じーちゃんちょっと待ってて、と、言うと、二階に上がって行った。
しばらくして、ドタドタと、おりてくると、春一のアルバムを、開く。
そこには、お腹の大きな母と父が写っている写真が何枚もある。
母にだかれて、お乳から、母乳を飲んでいる写真やら、抱っこされている写真が、たくさんあった。
どのアルバムも、父と母と、春一の3人の写真だけだった。
心優は、「どういうこと?春一は、お母さんたちと、一緒に写っているのに?」
じーちゃんは、ゆっくりと 話した。
「春一はな、お母さんから、産まれたんだよ。」
「もう、子供は作れないだらうと、思っていたんだが、妊娠してな、一か八かで、挑戦したんだよ。
そしたら、無事に産まれてな、障害もなく、健康な子だとわかり、みんな安堵したよ。」
「お前は、ばーちゃんとじーちゃんの子供として、育てようと思ったんだ。」
その頃には、じーちゃんも、心優も泣いていた。
「わかった。じーちゃん。お母さんが、テスト100点取っても、いい成績の通信簿持って帰っても、3年生になり、受検が控えていても全く関心かないの、よくわかったよ。」
と、言うと二階に上がって行き、しばらくして、おりてくると、そのまま玄関のドアを開けて出て行ってしまった。
「心優、心優、心優」
じーちゃんは、泣きながら呼んだ。
しかし心優には、聞こえず、心優は何も言わず、出て行った。
心優の頭の中は、時計が反対に回るように、さかのぼっていった。
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