第十二

中学は、オープンな学校で、土日も門は開いていた。

受験勉強中の三年生は、図書室に誰が言うわけでもなく入って、それぞれ勉強していた。

五十嵐も、そのメンツに入るようになっていた。

元彼女も時々かち合ってしまったが、互いにふっきれたのか、自然に笑みが出た。

彼女は、彼の後ろ姿を、眺めながら、少し泣いた。

「これがホントの孝一君なんだよな」と、懐かしく、そして切なく思った。

五十嵐は、図書室の主と言われるほどよく図書室にいた。部活は剣道部。

早朝部活に、授業が終わるとまた部活。

土曜日の朝練のあとは、必ず図書室にいた。

そして日曜日は、朝から夕方まで図書室。

目立たないけど、図書室を利用する生徒の中では、知られた顔だった。

「お前、久しぶりじゃん。いつからだっけ?顔出さなくなったの?」と、他クラスの男子たちが騒いだ。

「しっ!図書室では私語は慎むように」と、先生が言うと、みんな小声になった。

「志望校決まったか?」と、小声で聞いたら、「志望校探しに、ここに来ているんだ」と、応えた。

みんな「⁇」になった。「ま、お前が戻って来て良かったよ。ここ、本おたくの場所だと言われているからな。一緒に受験戦争勝ち抜こうぜ!」と小声で言った。

この中学校は、図書館並みの本があることで、有名だった。

古い方なのか、新しい方なのか、生徒が惜しみがないほど図書室は作られていた。

ぎっしり詰まった本棚。教室が何部屋入るだろうか?

受付の横は、自習室になっていて、みな本を選び読んでいたり、試験勉強していたり、中には、この蒸し暑い日々から、逃げるようにやって来て、クーラー目当てで、本を読んでいる者もいた。

さかのぼり、二者面談の日が来て、皆で一人五分づつ設けられた。

一人一人、にこやかな顔で出てくる者や、ガクンとうなだれているような顔の人や、いろいろだった。

順番は、先生がくじを作り、それを皆できゅうきゅうになりながら、全員で一斉に引くと、番号が描いてあり、それを一人ずつ、名前のところに書いていった。

心優の行きたい学校は、決まっていなかった。

ただ、唯一気になったのは、遅刻しても大丈夫か、遅刻しない範囲の学校か。

それくらいだった。

心優の番がまわり、教室に入ると、

先生が優しく「どこ志望かしら?」と、聞くと「決まっていないです」と応えると、「ふぅ、そうね。希望欄の三つとも白紙よね。志望欄が白紙なの、荒井さんと、あと二人だけよ。」

「まだいたのか。ホッとした」と心の中で言ったつもりが、口から出ていた。

「ホッとしたじゃないでしょう?大切な進路なんだから、ちゃんと決めなきゃ」

先生は、紙を見ながら、「あなたは、成績が優秀なの。だから、どこを受けても受かると思うわ。遅刻しなきゃ」と、「あ、志望校あります」と言うと、担任は驚いて「どこ?」と聞くと、「遅刻しても大丈夫なとこか、遅刻しない範囲にあるところ」と応えると、「アホかー!」と言うのと同時に、資料が書かれている書類が、頭のてっぺんに落ちてきた。

「まだ、時間があるから、次の三者面談の時までに、決めて起きなさい」と言い、心優の面談は、終わった。

玄関に向かう途中、柴田にあった。

「よう。め、面談どうだった?希望するところには、受かりそうか?」と聞くと、心優は、「ないみたい。。」と、応えると、「柴田は?どこにしたの?」と聞くと「俺か?いや、俺も決まってなくてさ、、。一応入れるだろってのは、聞いたけど」と応えると、

「柴田はいいなー。あたしは頭叩かれたよ」と靴を履き換えながら言うと、「お前それ⁇」「ん?」と聞き返すと「それ。長靴じゃん!」と、柴田が言うと「うん、長靴だよ。梅雨入りしちゃったから」と、当たり前のように言うと、「最近の長靴って、いろいろあるんだなー。それ、まるでセーラームーンの靴みたいじゃん」と言うと、なんでか無性に可愛く思った。

「俺、セーラームーンの実写版見たぜ、カッコ良かったなー。」と、

喋っていると、

「家どっち?帰ろうか。」と聞きながら歩き出すと、「う、うん。」と、まるで男女が入れ替わったかのように、心優がリードしていた。

雨も降ってきて、水色の傘と制服と長靴が、妙にマッチして、柴田は不思議な感じがした。

自分家を通り過ぎたのを思い出すと、「お、俺、こっちだったよ。じ、じゃあな」と言い手をふると、心優も手をふった。

どこか懐こい柴田を、心優は気に入っていた。

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