第3話 通勤

通勤電車の普通車両は混み過ぎていて乗車出来ない。乗っている事が出来ない。パニック障害のためだ。電車で移動する事自体が大変だ。座っていても大変だ。

調子が悪い時など最悪だ。がらがらに空いていて座っていても発車するために扉が閉まると心臓がドキドキし出す。息が苦しくなり酸素が足りない気がしてきて窒息死か失神するかと思う。金魚鉢の金魚が酸素を求めて水面に上がって来て口をパクパクしているような状態だ。あまりの苦しさと恐怖に叫び出して床に寝転がりじたばた暴れる衝動にかられる。

胸がつぶれそうで息が出来ず、具合の悪さに汚物をぶちまけてしまうかもしれない恐怖にかられる。病院でメイラックスの処方を受け、持ち歩いているが鞄の中を探りピルケースを取り出して蓋を開けようとするが手が小刻みに震えなかなか開かない。開けたら開けたで今度は薬が取り出せない。1秒が引き伸ばされ1時間にも思える。薬を飲んでも直ぐには効かない。10分、15分、長い時間だ。

幸いな事に使用通勤経路の路線にグリーン車があるため毎朝、グリーン車に乗車する。痛い出費だが仕方ない。一般車両には乗っていられないのだし乗っても文字通り地獄のような苦しみが待っているだけだ。それに、会社には行かなければならないのだから。稼がないと住宅地ローンが払えないのだ。

東京駅までそんなに時間はかからない。気を紛らわすためのゲームでもやっていればあっと言う間だ。

それに座席が前向きなため気分が悪くなりにくい気がする。

この気がするというのはかなり重要だ。パニック障害は心の不安感に左右されるからだ。気持ちを平静に保ち不安にかられないようにしなければならない。

東京駅から新宿まで15分ぐらいだ。中央線は通勤方向と反対になるためガラ空きだ。こういう電車であればパニック発作は起こりずらい。

とにかく混雑している電車がダメなのだ。

新宿の高層ビル街の一角に勤務先のオフィスはある。高層ビルのご多分にもれずエレベーターは階毎の階層階行きに分かれている。55F〜41Fまで行きのエレベーター、41F〜30F行きのエレベーターといった具合だ。

朝の通勤時間帯はエレベーターに乗るのにも長蛇の列だ。駅からビルまでたったの12、3分なのに重度の貧血のために息は切れて頭がくらくらする。座り込みたいがそうもいかない。仕方なく大きな深呼吸をなるべくするようにしながら息を整えようと無駄な努力をする。100m走の後のような息ではそんな事では直ぐに整は無い。横目でチラチラと様子を伺う近くの人達の視線が「こいつ大丈夫なんだろうな」と軽い嫌悪感を帯びている。

まぁ、朝の忙しい時間帯だし変な伝染性の病気じゃ無いんだろうなという目いっぱいの迷惑感が漂ってくる。それとも、ただの自意識過剰なのか。

この辺りで精神的にも肉体的にも酷い疲労感でいっぱいになる。

別に良い、皆、友達でも知り合いでも無い。同じ会社の社員かも知れないが、知らないのだから。

疲れた。乗ったエレベーターも満員で隣の人とくっつかないようにするのが精一杯の情況だろうし、くっつかないよう物凄く気を遣わなければならないのだ。

草臥れて草臥れて草臥れて。

いつの間にか先頭になっており、目の前でエレベーターの扉が開いた。

これに乗らなければ…

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