第3話‐3 事の発端
キッチンに向かうと、正面と左側に扉が一つずつあった。
木綿子は、左側の扉を開き中に入る。二階堂と蒼矢も彼女に続いて入った。
六畳程の和室にキャットタワー、爪研ぎ、猫用トイレ、えさ皿、猫用ベッドがバランスよく配置されている。
換気されているのか、特有の獣臭さはあまりなく、室内は適度な温度に保たれていた。
窓でも開いているのだろうかと思った二階堂は、部屋の奥にある窓に近づいた。だが、窓ははめ込み式らしく、開閉出来ないようになっていた。
「花江さん、この部屋から直接外に出る扉ってありますか?」
「いいえ、ありませんよ。そこの扉も廊下に出るだけですし」
木綿子は、先程入ってきた扉とは反対方向にある扉を指して言った。
「なるほど」
二階堂は確信した。この事件が、人ならざるものの仕業であると。
妖気を感じてはいるものの、人の犯行の可能性も残っていたので確信を持てずにいたのである。
ふと蒼矢を見ると、壁側に置いてあるキャットタワーの前でしゃがみこんでいた。
「蒼矢、何やってんの?」
「猫と遊ぼうかと思ってさっきから呼んでるんだけどよ、怯えてるみたいで出て来ねえんだわ」
蒼矢の視線の先を見ると、二匹の白猫と一匹の黒猫が寄り添いながら、キャットタワーの影に隠れるようにして座っていた。
「花江さん、猫達が何に怯えてるか心当たりありますか?」
「さあ、何かしらね?」
木綿子も首をかしげる。
「猫にあげてるのは、普通のえさと水。それから、遊ばせる用の鼠ですけど……」
「遊ばせる用の鼠……? それは、生きてる鼠、ですか?」
「ええ、そうですよ」
木綿子が、さも当然のことのようにうなずく。
「それだ!」
二階堂と蒼矢は同時に叫んだ。
「えっ?」
木綿子は、二人が言う『それ』が何のことなのかわかっていないようだった。
「猫を殺した犯人と猫が怯えてるものの正体が、鼠だったって話」
と、蒼矢。
「おそらく、
二階堂が補足する。そして、旧鼠を作り出してしまったのは、他でもない木綿子自身だと静かに告げた。
「そんな……」
二階堂の言葉にショックを受けた木綿子は、その場に座り込んでしまった。
死んでいった猫達の姿が思い出され、彼女の瞳からは涙が止めどなく溢れてくる。
「ごめんね……ごめんね……」
そう何度も繰り返しながら泣きじゃくる。
二階堂も蒼矢もかける言葉がなく、ただ寄り添って木綿子が落ち着くのを待つしかなかった。
しばらくして、落ち着きを取り戻した木綿子は、
「……ごめんなさいね、みっともない姿をお見せしてしまって」
「いえ、そんなことは……。こちらこそ、責めるようなことを……すみませんでした」
「謝らないでください。ああ言ってもらえなければ、死んでも気づけなかったでしょうから」
木綿子は残った涙をぬぐい、微笑みを浮かべて言った。
「旧鼠は俺達が何とかするからよ、生きた鼠を猫にやるのは、もうやめろよ?」
蒼矢が努めて明るく木綿子に告げる。
木綿子は何度もうなずいた。
「旧鼠が現れる時間帯って決まってるのかな?」
と、二階堂は蒼矢に尋ねた。
「さあな。ただ、人目につかないように行動してるだろうから、だいたい夜なんじゃねえか?」
「そっか……。花江さん、すみませんが、泊まらせていただいてもよろしいですか?」
「もちろんですとも!」
こうして、二人は花江家に泊まることになった。
その日の夕食のおかずは、二階堂が普段作らないものだった。
豚バラ大根、茄子の揚げ浸し、きゅうりの漬物にご飯と味噌汁といったメニューである。
おかずは、どれも大皿に山のように盛られていた。どうやら、久しぶりの来客のため作りすぎてしまったらしい。だが、どれも美味しくて二人とも箸が止まらなかった。結局、木綿子は少しつまむ程度で、ほとんど二階堂と蒼矢が平らげてしまった。
「……ふう、ごちそうさん」
「ごちそうさまでした」
二人は口々に言って、食後の麦茶を堪能する。
「お粗末さま。やっぱり、若いと食べっぷりが違うわね」
木綿子が感心しきりに言うと、
「料理が美味かったからな」
と、蒼矢が当然とばかりに告げた。
木綿子は照れたように、しかし、とても嬉しそうな笑顔を浮かべて、食器をキッチンへと運び片づけていく。
食器の後片づけが終わると、木綿子は客間の準備をするためにリビングから出ていった。
「……誠一、これ頼むわ」
木綿子の足音が聞こえなくなってから蒼矢は、二階堂に四個の乳白色の勾玉を手渡した。
それは、結界を作り出すのに必要なものである。受け取った二階堂は、わかったとだけ言って、それをズボンのポケットに入れる。
その直後だった。先程よりも濃い妖気とはっきりとした気配を感じたのは。
二人は同時に立ち上がる。
「客間の準備が整いましたよ」
のんきな声とともにやってきた木綿子は、二人のまとう空気が先程までのそれとはまるきり違うことに気づいたらしかった。少し青ざめ、不安そうな表情をしている。
「すみません。僕達はまだ、眠れないみたいです」
二階堂は笑顔を取り繕って、旧鼠が現れたことを告げた。それから、自室にいること、翌朝になるまで絶対に部屋から出ないことを求めた。
木綿子はうなずいて、そそくさとリビングから出ていった。
それを見送った二階堂は、蒼矢に自分達も行こうと声をかける。
すでに戦闘モードに移行していた蒼矢は、うなずいて猫達がいる部屋へと向かう。二階堂もその後に続いていった。
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