第3話‐4 旧鼠

 扉を開けると、殺意をはらんだ妖気が肌を刺す。それは、二階堂だけではなく蒼矢も眉をひそめる程のものだった。


 二階堂が後ろ手で扉を閉め、電気をつける。部屋の中央には、二階堂とほぼ同じ背丈――一六五センチメートルはあろう大きな錫色すずいろの塊があった。旧鼠である。


「よう、ねず公」


 蒼矢が声をかけると、それはゆっくりと振り返った。禍々しいまでに赤く光る瞳で、蒼矢をにらみつける。


 蒼矢は臆することなく旧鼠を見据え、


「面白そうなことしてるじゃねえか。俺も混ぜてくれよ」


 と、軽口を叩く。もちろん、妖気で愛用の武器を作り出すことも忘れない。


 旧鼠は蒼矢をにらみつけたまま、低く唸りだした。


 両者の間にある空気が、緊迫したそれに変わる。


(今のうちに……)


 二階堂は、素早く部屋の四隅に乳白色の勾玉を置く。そして、キャットタワーの上でふるえている三匹の猫を抱えて、クローゼットに避難した。


 小さく息をつき、呼吸を整える。


 部屋の四隅に素早く視線を巡らせると、四つの乳白色の淡い光が見て取れた。


(よし!)


 心の中で小さくガッツポーズをする。


 四隅に置いた勾玉が機能し、部屋全体に結界が張られた証である。


 二階堂はその場に腰を下ろし、抱えていた三匹の猫を床に下ろしてやる。まだ怯えているのか、猫達は二階堂に寄り添うように座った。


 蒼矢が二階堂をちらりと見やる。それに気づいた二階堂は、小さくうなずいた。


 それを見て口角を上げた蒼矢は、剣呑な眼差しを旧鼠に向けて、


「来ねえなら、こっちから行くぜ?」


 と、宣戦布告し躍りかかった。


 鎌を振り下ろすが、紙一重のところで避けられてしまう。


 小さく舌打ちをする蒼矢の表情は、しかし、どこか楽しそうである。


 そこへ、攻撃に転じた旧鼠の鋭い爪が襲いかかった。とっさに鎌の柄で防ぐ。


 鋭い爪で硬いものを引っかくような耳障りな音に、蒼矢は眉をひそめる。奥歯を噛みしめ、両腕に体重をのせて押し返すように弾いた。


 よろめいた旧鼠は、数歩後退する。


 相手が体勢を立て直す前に、蒼矢が鎌を振り上げた。刃が、防ごうとする旧鼠の右腕をとらえる。


 くぐもったうめき声とともに、鮮血が飛び散った。旧鼠が反射的に左手で攻撃するも、飛び退いた蒼矢には届かない。


 低くうなりながら、蒼矢を見据える旧鼠。一歩近づいたら、その鋭い爪で引き裂かれそうな気迫を感じる。


 しかし、蒼矢はどこ吹く風とばかりに涼しい顔をしている。それどころか、口角は先程よりも上がり、心底楽しんでいるようにも見えた。だが、海の底を思わせる深い青色の瞳には、見た者を畏縮させる程の獰猛どうもうさが見て取れた。


 蒼矢の笑みを挑発と受け取ったのか、旧鼠は一声吠えると真正面から突っ込んでいった。


(……芸がねえな)


 旧鼠の動きを鼻で笑うと、蒼矢は自分の周囲に青白い小さな炎を複数作り出し、旧鼠に向けて放った。それは、簡単に相手に当たる。的が近づいて来てくれるのだ、当てるのは造作ぞうさもないことだった。


 相手の動きが止まったのを瞬時に確認すると、艶やかな銀の髪をなびかせながら相手の背後に回り込む。大鎌を振るい、致命傷にならない程度の傷を負わせる。


 短い悲鳴を上げた旧鼠は、振り向き様に攻撃するが、そこに蒼矢の姿はない。すでに、旧鼠の死角に回り込んでいた。


 邪悪な笑みをたたえ、次の攻撃をくり出す蒼矢。それに対応出来ず、旧鼠は傷を増やしていく。


 それをくり返すこと、数回。次第に旧鼠の動きは緩慢になり、やがて地に伏した。呼吸は荒く、多数の傷口から血を流している。


「もう終わりかよ? あの猫、殺したいんじゃなかったのか?」


 蒼矢が挑発すると、旧鼠は膝をつき蒼矢をにらみつけた。戦闘意欲はなくしていないらしい。


 その殺意のこもった眼差しに応えるように、蒼矢は武器を構えた。

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