第3話‐2 花江家へ

 室内が快適だったせいか、外は想像以上に暑い。それ以上に車内は暑く、まるで蒸し風呂のようだった。


 カーエアコンをつけ、風量を最大にしてから発進させる。


 花江家は、幽幻亭から車で二十分くらいの場所にある。郊外で、二階堂達があまり行かない場所なので、カーナビに頼らざるを得ない。


 数分程車を走らせると、車内が涼しくなってきた。先程吹き出した汗が、瞬く間にひいていく。その感覚が心地よかった。


 カーナビの指示通りにしばらく進んでいくと、一軒の平屋建ての住宅が見えてきた。


「……ここだな」


 音声案内が終了した直後、蒼矢が確信めいた声音で言った。


 二階堂はうなずいて、その住宅に隣接する空き地に車を停めた。


 扉越しに感じる妖気に、二階堂は不快感を覚える。出来ることなら、すぐにでも立ち去りたい。そんなことまで思ってしまう。しかし、放っておけるわけもなく、二階堂は小さく深呼吸をしてから車を降りた。


 容赦なく照りつける太陽と、襲いくる熱気。それらのおかげで、また汗が吹き出してきた。半袖シャツに薄手のベストという夏仕様だが、やはり暑いものは暑い。


 二階堂よりも涼しそうな服装の蒼矢でさえ、暑さに表情を歪ませている。もっとも、暑さだけのせいではないが。


 二人は、視線を一軒の住宅へと向ける。


 焦げ茶色の屋根にクリーム色の壁で構成されているそれは、一見すると何の変哲もないごく普通の平屋である。だが、二階堂と蒼矢は肌で感じていた。肌にまとわりつく、不快なまでに濃厚な殺意と妖気を。


 このまま立ち尽くしていたら、じんわりと、だが確実に侵食されてしまう。そんなことを想像して、二階堂はぞっとする。


 嫌なイメージを振り払うように二度三度頭を振って、二階堂は玄関に向かった。いつ攻撃されてもいいように、警戒しながら蒼矢も後に続く。


 玄関に飾られている表札には、『花江』と書かれていた。


 二階堂が呼び鈴のボタンを押すと、しばらくして扉が開き、この家の住人だろう老婆が顔を出した。


「はいはい、何でしょ?」


「すみません。私、こういう者ですが、花江木綿子さんはいらっしゃいますか?」


 二階堂は、名刺を差し出しながら尋ねた。


 老婆は名刺を受け取りながら、


「あら、貴方が二階堂さん? 想像してたより、若くてかっこいいわね。花江木綿子は私ですよ。わざわざ来てくだすって、何だか申し訳ないわね。立ち話もなんだし、上がってください」


 と、柔らかい笑顔で二人に声をかける。


 彼女の笑顔に面食らいながら、二人は家の中に入った。


 玄関ホールを抜けて、広々としたリビングに案内される。半分から手前側に畳風のカーペットが敷かれ、脚の低いテーブルと座布団が置かれていた。


 二人に座って待っているように告げると、木綿子はキッチンへと向かった。


 二階堂はキッチンに対面する位置に、蒼矢は二階堂の左側にそれぞれ座る。


 しばらく待っていると、木綿子が人数分の麦茶入りのコップが乗った盆を持って戻ってきた。


「お待ちどおさま」


 と、コップを配膳して二階堂の対面に座る。


 三人は、それぞれ簡単にではあるが改めて自己紹介をする。


「――手紙に書かれていたことについて、詳しくお聞きしたいのですが」


 と、二階堂。


「そうねえ……、どこから話したらいいかしら」


 花江は、何かを思い出すかのように虚空を見つめながら言葉を紡いでいく。


 ――花江夫妻は二人とも猫好きで、二十匹近くの猫を飼っていた。


 数年前に夫が他界した直後から、それは起き始めた。年に一度のペースで、猫が死んでいったのである。それも、年老いた猫や体の弱い猫が大半だったため、特に気にも留めていなかった。


 だが、今年に入ってからは、二週間に一度のペースで死んでいった。さすがに怖くなって警察に助けを求めたが、まともに取り合ってはもらえなかった。


 あきらめて家路につこうとした時、警察職員の一人から二階堂のことを教えてもらい、藁をもつかむ思いで手紙を書いたのだった――。


「来てくだすって、本当にありがたいわ」


 そう言うと、木綿子は麦茶を一口飲んだ。


「月並みな質問ですが、誰かに恨まれていたということはありませんか?」


「そうねえ……特にないと思いますよ」


 二階堂の質問に、木綿子は少し首をかしげながら答えた。心当たりがないと言いたげな表情である。


 しかし、何かしらあるはずだと、二階堂には思えてならなかった。何もなければ、ここまで花江家の猫が犠牲になることはなかったのだから。


 本人には自覚がないのかもしれないと思い至り、二階堂は質問の内容を変えた。


「猫は死ぬ前に姿を消すと言われていますが、亡骸を見たことは?」


「そりゃあ、ありますよ。猫専用の部屋があるんですけどね、その部屋の隅っこで。そりゃあもう、これでもかってくらいにボロボロになってねぇ、かわいそうなくらいでしたよ。本当に、犯人が憎くてたまらない!」


 そこまでやや早口で話すと、木綿子の脳裏にふと疑問が湧いた。


「そう言えば、犯人はどこから入ったのかしら?」


 今まで同じ場所で猫が死んでいたが、その直前に来客はおろか家に誰かが上がり込んだことは、一度もなかったのである。


「……花江さん、猫専用の部屋に案内していただいてもよろしいですか?」


 二階堂が尋ねると、


「ええ、ええ、もちろん構いませんよ」


 木綿子は快諾し、二人をキッチンの方へと案内する。

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