第2話‐8 しりとりとかくれんぼ
ルールは、『一度出た言葉は使ってはいけない』というとてもシンプルなもの。もちろん、最後に『ん』がついたら負けである。至極簡単ではあるが、記憶力とどれだけ言葉を知っているかが問われるため、ゲームは周回を重ねるごとに白熱していく。
四回戦を終えた時点で、まなみと二階堂が一敗ずつ、蒼矢が二敗と僅差ではあるが、蒼矢の敗北数が上回っていた。
「……お兄さんが拗ねてる」
フウコさんが、蒼矢の顔を見上げながらつぶやいた。
「拗ねてねえし」
蒼矢は抗議するが、ふてくされた顔で言っても説得力はまったくない。
二階堂は苦笑して、次はかくれんぼをしようと提案した。体を動かせば、多少なりとも機嫌が直るだろうと踏んだのである。
反対する者はいなかった。
「鬼は誰がやるんですか?」
さちえが疑問を口にする。
「僕とフウコさんでやろうと思う」
いいかなと、二階堂がフウコさんに確認すると、幼女はこくりとうなずいた。
二階堂が、簡単にルールを説明する。
『使用するのは、今、自分たちがいる階層のみ』で『鬼は、二十数えたら捜索を開始する』というもの。
「鬼に見つかってしまったら、この部屋に戻ってきてください」
最後にそう告げると、一同はほぼ同時に了承した。
「それじゃあ、始めますか」
二階堂はそう言って目をつぶる。
フウコさんもそれにならい、まぶたを閉じた。
「いーち、にーい、さーん……」
大きな声で、ゆっくりと数を数えていく。
鬼以外の五人は、一斉に部屋を出ていった。いち早く、隠れやすくかつ見つかりにくい場所にたどり着くために。
「……十八、十九、二十」
数え終わると、二階堂は目を開ける。
室内には、自分達の他は誰もいない。
「フウコさん、もう目を開けていいよ」
二階堂の言葉に、フウコさんはそろそろと目を開ける。二階堂を見上げる瞳は、どうすればいいの? と問いかけていた。
「よし、皆を捜そう」
二階堂はそう言って、すっくと立ち上がった。
フウコさんもそれにならう。
部屋を出て辺りを見渡すが、廊下には誰もいない。
ならばと、隣の部屋から捜索することにした。
扉を開けると、中央に机が六個、向かい合うようにして並んでいる。
室内を一周するが、誰もいない。もちろん、机の下も見たのだが、もぬけの殻だった。
「どこにいるんだろ?」
フウコさんがつぶやく。
「この世界って、フウコさんが作ったんだよね?」
「そうだよ」
「なら、どこに誰がいるかわかるんじゃない?」
「力を使えば、だいたいならわかるよ。でも力は使わない」
能力を使ってしまうと楽しくなくなるからと、フウコさんは真面目な顔で答えた。
「そっか。じゃあ、地道に捜そうか」
二階堂が言うと、フウコさんは満足そうな笑顔でうなずいた。
次の部屋へと移動する。そこは、保健室なのだろう。診察用の机と椅子、背の高い棚があった。部屋の奥はカーテンで仕切られていて、その奥にはベッドが置かれている。
二階堂はゆっくりと進んでいく。その後ろをふわふわと浮遊しながら、フウコさんがついていく。
カーテンの前まで進み、それに手をかける。ゆっくりとカーテンを開けると、二つ並んだベッドの片方が、不自然に盛り上がっている。
二階堂はにやりとして、布団を一気に剥ぎ取った。
そこにいたのは、えりとさちえだった。
「えりちゃんとさちえちゃん、見~つけた!」
「見つからないと思ったんだけどな~」
えりが、悔しそうにつぶやく。
「さっきの部屋で待っててね」
二階堂が声かけると、えりとさちえは同時に返事をして部屋を出ていった。
他に隠れていないか確認した後、二階堂とフウコさんは次の部屋へと向かった。
扉の前にたどり着くと、ここに隠れている人物が誰なのか、二階堂には何となくわかってしまった。扉を隔てても感じるのは、心地よいとさえ思ってしまう彼の気配だった。
扉を開けた直後、
「銀色のお兄さん、みっけ!」
フウコさんが声高に告げる。
視界に映るのは、 足の短いテーブルとそれを挟むように対面に置かれたソファーだけなのだが。
「お前ら、少しは捜すふりぐらいしろよ!」
そう言って、奥のソファーの陰から蒼矢が顔を出す。
「だって、蒼矢の妖気はわかりやすいんだもん」
二階堂がそう言うと、
「わかりやすいんだもん!」
と、フウコさんが後に続いた。
「お前ら、仲良すぎ……」
蒼矢は呆れたようにつぶやいた。
ため息をついて、
「で、どこ行けばいいんだっけ?」
「さっきの、彼岸花が咲いてる部屋」
「おう」
蒼矢が短く返事をする。
三人は部屋を出て、蒼矢は先程の彼岸花の部屋へ、二階堂とフウコさんは次の部屋へとそれぞれ向かった。
(あと二人、か)
廊下を歩きながら、二階堂は脳内で残りの人数を整理する。まだ見つけられていないのは、まなみと千鳥の二人だけだった。
「フウコさん、この階に部屋っていくつある?」
「えっとね……六個あるよ」
フウコさんは、少し思案してから答える。
確認していない部屋は、残り二つ。一部屋に、一人ずついるか二人いるかのどちらかである。
考えていても仕方ないかと思い直し、次の部屋の扉を開ける。
部屋の中央から左側にかけて、作業台らしきテーブルが六個、等間隔で置かれている。部屋の右側を見ると、左側と同じようなテーブルが一つだけぽつんと置かれていた。
何の部屋だろうと不思議に思いつつ、二階堂は室内に足を踏み入れた。フウコさんも彼に続く。たとえ何の部屋だろうと、今の自分達にはあまり関係のないことだ。だから、考えるのをやめた。今は、千鳥とまなみを捜すのが先である。
二人は、部屋の右側から調べることにした。
目の前にあるのは、何の変哲もない作業台。少し回り込むと、机のように椅子が収納できるスペースがあり、誰かが隠れているのが見えた。
「あ……」
「西園先生、見つけましたよ」
千鳥と目が合うと、二階堂は爽やかな笑顔で告げた。
苦笑しながら、千鳥は作業台の下から出る。
二階堂が先程の部屋で待つように告げると、千鳥はうなずいて部屋を出ていった。
足音が聞こえなくなるのを待ってから、捜索を再開した。
等間隔に置かれた作業台を、一つ一つ確認していく。しかし、まなみの姿を見つけることはできなかった。
(どこに隠れてるんだろう?)
この部屋にはいないのかもしれない。そう思って扉に行こうとした刹那、視界の端に動くものが見えた。
反射的に振り向き、動くものが見えた方へと足早に向かう。
(確か、この辺りだったような……)
部屋の奥にある作業台の一つまで来て、二階堂は足を止めた。
フウコさんが何か言いたそうな顔をしていたが、二階堂は自分の口に立てた人差指を当てて制止する。
ゆっくりと回り込めば、作業台の下に制服姿の女子がいた。
「まなみちゃん、見つけた」
「たは~、見つかった~」
まなみは大仰に言って、作業台の下から出てくる。
「お姉ちゃんが最後だよ」
フウコさんが告げると、まなみは少し驚いた様子だったが、
「やったー!」
と、全身で喜びを表現した。
二階堂は微笑み、
「皆のところに行こうか」
フウコさんとまなみがうなずく。
三人は、皆が戻っているはずの部屋へと向かった。
その道中、まなみが不思議そうな声をあげる。
二階堂がどうしたのかと尋ねると、
「廊下の色、変わってませんか?」
と、質問で返された。
見れば、壁だけではなく、天井から床に至るまで、漆黒から淡い蜂蜜色に変わっていた。いったい、いつの間に変わったのだろう。探索で壁や床を視界に入れていたはずの二階堂でさえ、まなみに言われるまで気がつかなかった。
ふと隣を浮遊しているフウコさんを横目で見ると、何やら満足そうな表情をしている。
三人が彼岸花が咲いている部屋へと戻ってくると、先に戻っていたメンバーがおかえりと出迎える。
「次、誰が鬼やるの?」
楽しそうにまなみが問う。まだまだ遊び足りないようだ。
二階堂が最初に見つけた人の名前を言おうとするが、誰かに服の裾を引かれ言うことができなかった。
振り向くと、フウコさんが何かを言いたそうな顔で、二階堂の服を控え目につかんでいた。
その表情を見た二階堂は、
「もういいの?」
柔らかく微笑んで、フウコさんに尋ねた。
フウコさんがうなずくと、彼女は世界に溶け込むようにゆっくりと消えていく。同時に、世界は乳白色の光に包まれた。それは、次第に眩しさを増していく。二階堂は思わず目を閉じた。
「きゃっ……!」
「……っ! 何これ?」
突然の光の暴力にえりたちは戸惑いの声をあげ、反射的に目を閉じる。
まぶたで遮断しているにも関わらず、眩しさはあまり変わらない。本当は数秒の出来事だったのだろうが、それより長く感じられた。
そんな中、二階堂は『ごめんなさい。ありがとう』という声を聞いたような気がした。
強力な発光は、次第に弱まり消えていく。
光が完全になくなったと感じた一同は、おそるおそる目を開ける。視界に映るのは、見覚えのある廊下。窓から見えるどんよりとした曇り空に、元の世界に戻ってきたことを知る。
「あーーーーーっ!」
いきなり、えりが大声をあげた。
一同は驚いて、一斉にえりを見る。
「フウコさんに渡すの忘れてた!」
嘆く彼女の手の平を見れば、人数分の瑠璃色に輝く勾玉があった。しりとりを始める前に、蒼矢がえりに渡していたものである。
そう言えば……、と。しりとりを始める前に、えりが『友達になった証として、同じものを所持すればいい』と言っていたことを思い出した。
「小さなお墓を作って、お供えしてあげばいいんじゃないかな?」
フウコさんも喜ぶだろうと、二階堂は悩んでいるえりに提案する。
「それ、良いですね! 中庭の隅ならあんまり目立たないから、問題にならないだろうし」
千鳥が、二階堂の提案に賛成する。
教師の同意も得られたとあって、えりは満面の笑みで持っていた勾玉を配った。
「職員室に行きましょう。吉川先生が、心配してると思うので」
勾玉が全員に配られたのを確認して、二階堂が告げる。
一行は、一階にある職員室へと向かった。
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