第2話‐7 フウコさん

 扉を勢いよく開ける。


 部屋の中は、満開の彼岸花で埋め尽くされていた。モノクロの世界に突然現れた鮮やかな赤。その光景に、しばし言葉を忘れる。


(ん? あれは……)


 彼岸花の幻想的な景色の中に、二階堂は人影を認めた。


 人影は全部で四つ。向かって左側にある三つの人影は、おそらく行方不明の三人だろう。それと対峙している残り一つの人影は、フウコさんだろうか。


「さち! まな! ちどりん!」


 大人二人を押し退けて、えりが三人の人影へと駆けて行く。


 それにつられるように、二階堂と蒼矢も部屋の中へと入った。


「藤野さん! どうしてここへ?」


 帰れと言ったはずと、ちどりんと呼ばれた女性――西園千鳥が驚きの声を上げる。


 えりは自分の後ろにいる二階堂達を指し、助けに来たと告げた。


「三人とも無事で何よりです」


 安心させるように、二階堂が声をかける。


 三人とも傷だらけではあるが、どれもかすり傷程度のもので、致命傷になり得る深い傷は見当たらない。


 三人をちらりと横目で見た蒼矢は、彼女たちを守るように立ち、幼い少女と対峙する。


 二階堂もそれにならい、蒼矢の隣に移動する。


 目の前にいるのは、赤い着物を着た幼い少女だった。肩まであるストレートの黒髪が、日本人形を彷彿とさせる。


「君がフウコさんだね?」


 二階堂が尋ねると、幼女はこくりとうなずいた。


「お兄さん達、フウと遊んでくれるの?」


 幼女が笑顔で尋ねる。その笑顔は、少し寂しさを感じさせるものだった。


「ああ、遊んでやるよ。だいぶ、派手にやってくれたみたいだからな!」


 そう言い放ち、蒼矢はフウコさんに躍りかかった。その手には、いつの間に作り出したのか、愛用の鎌が握られている。


「この戦闘狂が……!」


 二階堂が悪態をつく。二階堂としては、なるべく戦闘は避けたかったのだが、こうなってはしかたがない。


 鎌が降り下ろされる瞬間、フウコさんは姿を消した。


 刃が空を切る。


 蒼矢は舌打ちをするが、避けられるのは想定内だったらしい。すぐに、構え直し相手の出方をうかがう。


「どうして怖いことするの? フウは遊んでほしいだけなのに!」


 蒼矢の数メートル先に姿を現したフウコさんは、涙を浮かべて抗議する。


 問答無用とばかりに蒼矢が次の攻撃を繰り出そうとした瞬間、幼女の鈍色にびいろの瞳が金色に輝いた。彼女が怒りを露にした表情で蒼矢をにらみつけると、蒼矢の動きがぴたりと止まった。


「ぁがっ……!」


 首もとをおさえて苦しむ蒼矢。彼の手から離れた鎌は、床に落ちる前に霧散消滅した。


「蒼矢!」


 二階堂が蒼矢に駆け寄ろうとすると、


「動かないで」


 蒼矢をにらみつけたまま、静かな声でフウコさんが告げる。その声には、抑揚はおろか感情さえなかった。


「君の目的は何だい?」


 二階堂は、フウコさんを刺激しないよう注意しながら尋ねた。


「目的……?」


「してほしいこと、あるんだろ?」


「フウは、ただ遊んでほしいだけ」


 友達がほしいだけだと告げる。


(友達、か……)


 二階堂は、どうしたものかと思案する。


 この手の願いは、結構厄介だったりする。死者が友達をほしがるのは、仲間がほしいということ。つまり、誰かを殺して自分の仲間にしたいということである。


「お兄さん、フウの友達になってくれる?」


 フウコさんの願いに対し、二階堂は言葉を詰まらせる。


 死にたくはない。もちろん、ここにいる誰かを犠牲にすることもできない。


「……なってくれないの?」


 フウコさんが諦めにも似た声音で告げると、突然、彼女を中心に突風が吹き始めた。


 無数の彼岸花が、次々に折れて空中に浮かんでいく。折れた茎を二階堂達に向けたかと思うと、それは風に乗って二階堂に襲いかかった。


 風がとても強く、立っているのがやっとだった。それどころか、襲いかかる彼岸花はどれも折れた茎の部分がよく研いだ刃物のように鋭い。武器を持たない二階堂は防ぐことが出来ず、その攻撃を甘んじて受け入れるしかなかった。


 彼岸花の雨が二階堂に降り注ぎ、腕や足に多数の傷をつけていく。


「……っ!」


 風と彼岸花の矢の勢いに押されて体勢を崩した。


「二階堂さん!」


 えりの悲痛な声が響く。


 ここで倒れているわけにはいかない。二階堂が体勢を立て直そうとした刹那、無数の彼岸花の内の一本が、えり達の方へと向かっていった。


 二階堂がえりを呼ぶのと、女性陣四人が悲鳴を上げるのはほぼ同時だった。誰もがえりの腕に突き刺さると思った瞬間、青い光が彼女達の前に現れた。それに当たった彼岸花の矢は、いとも簡単に弾け飛び床に落ちた。


 何が起きたのかわからないといった表情を浮かべるえりは、ふと自分のズボンのポケットが光っていることに気がついた。その中に入っていたのは、職員室で蒼矢からもらった瑠璃色の勾玉だった。


 その光景を視界の端に認めた二階堂は、意識を正面に向けた。蒼矢は未だ、フウコさんの力によって動けずにいる。九本の尾が力なく垂れ下がりかけているのを見て、蒼矢が危ないことを悟る。


 だが、最善策が思いつかず、焦燥感だけが募っていく。苛立ちを隠しきれず、二階堂は舌打ちをした。


「あの、私が……友達になろうか……?」


 おずおずと、えりが提案する。


 すると、凶器と化していた彼岸花はすべて床に落ち、強風はぴたりとやんだ。


 えりの提案に驚いて、蒼矢を除いた全員が一斉に彼女を見る。


「あ、いや、死ぬとかじゃないですよ?」


 全員が危惧していることを、慌てて否定する。


 死んでフウコさんの仲間になるのではなく、フウコさんを仲間に入れて皆で遊べばいい。友達になった証として、同じものを所持すればいいのではと、えりがやや早口に告げた。


 なるほどと思う。一緒に遊び、同じものを所持するという発想は、二階堂にはないものだった。


「ねえ、フウコさん。蒼矢を――そのお兄さんを離してくれたら、一緒に遊んであげる。それでいいかな?」


 フウコさんに向き直った二階堂が尋ねると、彼女はこくりとうなずいて蒼矢を解放した。


 蒼矢は体勢を崩すが、膝をついて何とか無様に倒れるのだけは回避する。


「大丈夫か?」


 駆け寄った二階堂が声をかけると、蒼矢は咳き込みながら大丈夫だと答える。


 二階堂は蒼矢に肩を貸して立ち上がると、


「ほら、行こう?」


 フウコさんに優しく声をかける。


 戸惑いながらもうなずいたフウコさんは、二人の後からついて行く。


 三人がえり達のもとに行くと、えりは心配そうに、


「大丈夫ですか?」


 と、蒼矢に尋ねた。


「ああ、何とかな」


 弱々しい笑顔で蒼矢が答える。いつの間にか、狐耳と尾は消えていた。


「あの、蒼矢さん。ちょっと相談があるんですけど……」


 えりが改まった様子で蒼矢に告げると、蒼矢はえりの隣に移動する。何やら、こそこそと小声で話をしているようだ。


 二階堂の後ろにいるフウコさんを見て、さちえは小さく悲鳴を上げる。やはり、まだ恐怖心は消えないようだ。


 千鳥がさちえとまなみを庇うように二人の前に出るが、二階堂がそんなに警戒しなくても大丈夫だと告げた。


「ですが……」


 千鳥は釈然としない様子である。


 攻撃されたのだ、警戒してしまうのもしかたがない。


「大丈夫ですよ。この子に戦う意志は、もうありません。あれは、かんしゃくを起こしただけですし。そもそも、初めから戦いたいなんて思ってないんですから。ね?」


 二階堂はフウコさんに確認する。


 フウコさんはこくりとうなずいた。


「じゃあ、遊ぼう!」


 それまで静かだったまなみが、妙に高いテンションで宣言する。


 えりとさちえ以外は、そのテンションの高さに気後れする。


「まな、はしゃぎすぎ」


 蒼矢との話が終わったのか、えりはまなみの頭を軽く小突いた。


「叩くことないじゃん」


 まなみがえりに抗議するが、えりはどこ吹く風とばかりに聞き流す。


 そんな二人のやり取りに、さちえは日常を思い出して笑いだした。


 さちえの笑顔に、気まずい空気が和んだ気がした。


「それで、何して遊ぼうか?」


 二階堂が問いかけると、


「しりとり、しましょうよ」


 えりが提案する。


 確かに、しりとりなら道具は必要ないし、小さな子どもでも遊べる。一同はえりの提案に同意し、その場に円を描くように座った。フウコさんは、二階堂と蒼矢の間にちょこんと座る。


「罰ゲームはあるの?」


 まなみが、にやりとして聞く。


「今回はなし。じゃあ、私からこう時計回りで」


 えりが告げる。


 それが合図となり、しりとりと言う名のバトルが開始された。

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