第2話‐6 女子高生が消えた場所へ
階段を上がり終えると、それまで感じていた霊気がより一層強く感じられるようになった。肌を刺すような感覚に、二階堂は眉をひそめる。
(これ、油断したら取り込まれるな)
ふと、そんなことが頭をよぎる。
殺気ではないが、負の感情が霊気に混ざっているのである。
「……大丈夫ですか?」
隣にいるえりが、心配そうに声をかける。
どうやら、わかりやすい程、眉間にしわが寄っていたらしい。
「ごめん、大丈夫だよ。えりちゃんの友達が消えちゃったのって、この階なんだよね?」
二階堂は柔らかく微笑んで、えりに問う。
えりはこくりとうなずいた。
「とりあえず、捜してみようぜ」
蒼矢の言葉に二人はうなずき、えりの案内で捜索を始めた。
各教室には鍵がかかっているため、窓からのぞくくらいしかできない。目を凝らして見ていくが、人の姿を見つけることは出来なかった。
登校していた美術部の生徒は下校したのか、美術室にも鍵がかかっていた。
「……やっぱりいないか」
残る教室は図書室だけとなったところで、二階堂はつぶやいた。
正直なところ、普通に捜索しても見つからないことはわかっていた。だからこれは、相手がしかけてくるまでの時間稼ぎ。
「誠一」
蒼矢に呼ばれ振り返ると、蒼矢が左手の親指で自分の後ろを指し示した。
見れば、そこには毬が一つ置かれている。だが、話に聞いていた鈴の音は、聞こえなかった気がする。
えりもそれを目にしたのか、小さく悲鳴を上げる。
二階堂は、怯えるえりをなだめるように頭をぽんぽんと軽く叩く。
「やっとお出ましか。あの毬について行けばいいんだっけ?」
二階堂が尋ねると、えりが涙目でうなずいた。
毬がひとりでに動き出す。まるで、三人が毬に気づくのを待っていたかのように。
「さて、案内してもらおうじゃねえか」
蒼矢がどこか楽しそうにつぶやく。その声音には、剣呑な響きが含まれていた。
三人が毬との距離を詰めようと歩を進めると、それは次第にスピードを上げ、どこまでも廊下を転がって行く。
意表を突かれた三人は、追いつこうと駆けて行く。しかし、毬との距離はいっこうに縮まる気配がない。
どこまでも転がって行く毬に、二階堂はふと違和感を覚えた。
(おかしい。この廊下、そんなに長くなかったはず……)
横目でちらりと周囲を見て、二階堂は思わず息を呑んだ。先程までの光景が、跡形もなく消え去っていたからだ。代わりにあるのは、闇色の壁と床。立ち止まって上を見上げれば、天井も当然のように漆黒に染め上げられている。ただ、境界線だけは、申し訳程度に白線が引かれていた。
「二人とも、ストップ!」
二階堂は、前を行く二人を呼び止める。
怪訝そうに立ち止まった二人は、後ろを振り向いた瞬間に周囲の変化に気づいたのだろう、
当然と言えば当然だろう。ずっと、学園の廊下を走っていると思っていたのだから。
「シームレスに異空間にご案内……ってか?
落ち着きを取り戻した蒼矢は、低くつぶやいた。
「とにかく、慎重に行こう」
蒼矢の変化を感じ取った二階堂が声をかけるが、一足遅かった。蒼矢はすでに、戦闘モードに移行していたのである。
そう、彼は人間ではない。九尾の狐――それが蒼矢の正体である。
蒼矢の狐耳と尾を見たえりは、目を白黒させている。
二階堂は小さくため息をついて、
「こいつ、ちょっとした特異体質なんだ」
だから気にしなくていいと、かなり無理がある説明をする。
「はあ……」
えりは、よくわからないといった様子だ。
「それより、友達と先生を捜さなきゃね」
えりからの追及がないのをいいことに、二階堂は話題を反らす。いや、目的の確認と言った方が的確か。
「……あ、はい!」
驚きの連続で思考が追いついていなかったらしいえりは、二階堂の言葉でここに来た目的を思い出したようである。
「さっさと行こうぜ」
蒼矢が声をかける。二階堂とえりの会話が終わるのを待っていたらしい。
二階堂はうなずいて、
「先走るなよ」
蒼矢に釘をさす。
「へいへい」
わかっているのかいないのか、蒼矢は適当に返す。
目的の人物を捜すため、一行はこのモノクロの世界を進むことにした。
廊下は、漆黒で覆われているはずなのに、薄明かりがぼんやりと点いているような明るさがあった。光源も窓もないにも関わらずである。
(やっぱり、結界みたいな場所だからかな)
二階堂が、何となくそんなことを考えていると、
「……なんか、学園の廊下に似てる」
えりのつぶやきが聞こえてきた。
「そうかい?」
「はい。さすがに色は違うけど、教室の配置とかはほぼ一緒です」
先程の廊下を思い出して目の前の景色と重ね合わせると、なるほど確かに酷似している。毎日のように見慣れているえりは、それ故に既視感を覚えたのだろう。
「それにしても、蒼矢さんって迷いなく進みますよね」
まるで場所がわかっているみたいだと、えりが疑問を口にする。
「気配を感じるんだよ。何とな~く、な」
蒼矢が軽口混じりに答えると、えりは蒼矢に
(何となくどころじゃないくせに)
苦笑しながら、二階堂は心の中で毒づいた。
二階堂もフウコさんの気配は感じていた。しかし、当然ながら気配の感知能力は、妖狐である蒼矢の方が上なのだ。毒づきたくなるのもしかたがない。
とは言え、えりには蒼矢の正体を告げていないので、オブラートに包んだ物言いになるのはやむを得ない。
しばらく歩いて行くと、一行は階段にさしかかった。
先頭を行く蒼矢は、やはり迷いなく階段を下りる。二階堂とえりも後に続く。
階段を下りるにつれ、肌を刺す霊気の濃さが増していき、肌を蝕んでいくような錯覚に陥る。
その不快感を払拭するように、二階堂は下唇を噛んだ。それが、
一階とおぼしき廊下に到着すると、三人は左に曲がり、二つ目の部屋の前で立ち止まった。
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