第2話‐5 私立星降学園中等部
雨がやむ気配はまったくない。朝より濃さを増した雨雲から時折見える雷の閃光が、事の行く末を暗示しているようで、どうにも気が重くなってくる。
(……気にしてもしかたがないか)
小さくため息をついて、二階堂はハンドルを握り直した。
私立星降学園は、幽幻亭から車で十五分くらいの場所にある。えりの案内のおかげで、迷うことなく学園に到着できた。車を職員用の駐車場に停める。
「さっき、学園関係者以外は立ち入り禁止って看板があったけど大丈夫かな?」
シートベルトをはずしながら、二階堂がえりに問う。
自分達がここにいるのは、場違いなのではないかと思えた。それに、学園関係者のえりがいるとはいえ、許可なく学園の敷地内にいるのだ。不法進入で通報されても、文句は言えない。
そんな二階堂の心配をよそに、えりは平気だと答えた。
「今は、緊急事態なんだから」
その声音には、親友を助けたいという真摯な思いが込められていた。
「……そうだったね」
二階堂はそう言って、気合いを入れ直す。
三人はほぼ同時に車から降り、中等部の校舎へと向かった。
ここ私立星降学園は、幼稚園から大学までの一貫校である。広大な敷地内に、各学部の校舎が隣接するように建てられている。初めてこの学園を訪れる者は、まず間違いなく迷うだろう。それ程までに広大で、各校舎の外観が似かよっているのである。
二階堂と蒼矢は、えりの案内のおかげで迷うことなく中等部の校舎にたどり着いた。雨の中を走ったおかげで、三人とも濡れ鼠になってしまったが。
昇降口に入り、濡れた上着を脱いでどこにかけて置こうかと思案していると、
「ちょっと待っててください」
そう言い置いて、えりはどこかに駆けて行った。
「……なあ。依頼受けるの、渋っただろ? 何でだ?」
えりの足音が聞こえなくなってから、蒼矢が二階堂に尋ねた。
二階堂は自分の上着を左腕にかけたまま、どう答えたものかと困ったような笑顔を浮かべる。
「おおかた、ガキから金は取れねえとか、そんな理由なんだろうけどよ」
「それもあるけど……今回の相手、一筋縄じゃいかないかもしれない」
少し言いよどんだ後、二階堂は真顔で答えた。
何しろ、今回の依頼内容は学校の怪談である。相手が幽霊なのは、ほぼ間違いないだろう。それに加えて、固有結界持ちである。厄介なことこの上ない。
「まあ、何とかなんじゃね?」
先月依頼された狸憑きの件も、何とか解決できたのだから。
のんきにそう言って、蒼矢は下駄箱に軽く寄りかかる。
不安を微塵も感じさせない蒼矢の表情に頼もしさを感じる反面、二階堂は少々呆れてもいた。
(……まったく、その自信を少し分けてもらいたいよ)
程なくして、体操着に着替えたえりがぱたぱたと戻ってきた。彼女の手には、二足のスリッパと二つのハンガーが握られている。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって」
言いながら、えりは二人にハンガーを手渡した。
それぞれハンガーを受け取り濡れた上着をかけると、手近な下駄箱の側面にそれを引っかけた。
えりにスリッパをすすめられた二人は、それに履き替え、彼女の先導で校舎内を進む。
案内されたのは、職員室だった。
扉を開けると、男が勢いよく振り向いてこちらに近づいて来た。
彼のがたいの良さに身構える二階堂と蒼矢。しかし、男は二人の様子など気にしていないようで。
「本当に、生徒達を助け出していただけるんですか?」
男が詰め寄る。
「ええ……全力は尽くします……」
男の必死な様相に圧倒され、二階堂はうろたえながら言葉を紡ぐ。
「ちょっと、よっぴー。二階堂さんが困ってるでしょ」
えりに注意されて、男はようやく自分が取り乱していたことに気づく。
小さく深呼吸をしたあと、
二階堂と蒼矢も簡単に自己紹介する。
「実は、生徒達の他に教師も一人、行方不明なんです」
吉川が告げる。
行方不明になっているのは、
おそらく、西園千鳥が先程のえりの話に出てきた女性教師なのだろう。
二階堂は快諾すると、吉川に職員室にいるように告げた。
吉川がうなずくのを確認し、
「えりちゃんにも、ここに――」
「嫌です! 私も行きます!」
二階堂が言い終わる前に、えりは宣言した。言外に、駄目だと言われてもついていくと告げている。
二階堂は苦笑して、
「わかったよ。ただし、僕の側を離れないこと。いいね?」
「はい!」
えりが笑顔でうなずくと、蒼矢はチノパンのポケットから何やら取り出し、えりに差し出した。
えりは、不思議そうな表情をしながら受け取る。それは、瑠璃色に輝く勾玉だった。蒼矢が、自分の妖気で作り出したものである。
「これ……いいんですか?」
「持ってな。危なくなったら、守ってくれるはずだから」
えりは少し頬を赤らめてうなずき、それをズボンのポケットに大事そうにしまった。
「珍しいな、蒼矢が誰かにプレゼントするなんて」
「ただの気紛れだよ」
二階堂が揶揄するが、蒼矢は素っ気なく返した。
(気紛れ、ね……)
本当は、これ以上被害者を出さないために渡したのだろう。それを素直に言葉に出さないあたりが、蒼矢らしいと言えばらしいのだが。
まあいいやと思い直し、
「それじゃあ、行こうか」
二階堂は蒼矢とえりに声をかける。
一行は、行方不明になっている三人を助けるべく、二階へと向かった。
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