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9月の終わりだってまだまだ暑い。
「アイスが美味しいねえ」
「そうだな」
翌日の放課後。また音楽準備室へと来ていた。
しかし、風通しが悪くて蒸し暑い空間に耐えかねて、10分ちょっとで部屋から逃げ出す。そして、二人でアイスクリームを買いに出かけた。
俺はソーダ味の棒アイス。
由利はバニラアイスを木のスプーンで食べている。
「少しはましになったかな」
すべての窓と扉を開け放って、ようやく少しだけ風が通るようになった。
「今日は特別暑いよね。もう夏は終わってほしいなあ」
由利はカップの中に残ったわずかなアイスをせっせとかき集めている。俺はとっくに食べ終わって、残ったのは口にくわえた棒一本だけ。
「ゴミ箱ってどこ?」
「廊下側の入口の近くに、あ、伊藤ちゃん」
「あら、お客さん?」
見覚えのない女性が入ってきた。
ゆるやかなパーマをかけた髪で、30歳手前くらいの印象。
「外村くん、一年の時の芸術は音楽選択じゃなかったのかな。この人は音楽教師の伊藤ちゃん」
確かに音楽ではなく美術選択だった。どうりで知らないわけだ。
「
「外村聖也です。お邪魔してます」
「よろしく。ああ、これが自然よね。由利さんも先生には敬語を使わないとだめよ」
「わかってますよ、伊藤ちゃん先生」
「本当にわかってるの?」
ほんわかした雰囲気のせいで、教師としての威厳は微塵もないが、きっと生徒には人気だろうな。
「それはそうと、二人ともいいもの食べてるわね」
伊藤先生は俺の手にあるアイスの棒と由利が持つカップに目をやる。
「残念。もう食べ終わっちゃいました」
そう言って、由利は意地悪い顔で空になったカップの中を見せつける。
「生徒に恵んでもらおうなんて、そんな卑しいこと思ってません。でも、他人が食べてるのを見ると無性にほしくなるのよね。うん、我慢は良くないと思うの。私も買ってこようかしら」
これは悩んでないやつだ。
はじめから買いに走る気満々なやつだ。
「じゃあ、行ってくるわね」
「いってらっしゃーい」
間延びした由利の返事が終わる前に、伊藤先生は部屋を後にしていた。
「あの人、なんのために来たんだ?」
「きっとアイスに比べたらどうでもいいことなんだよ。食べることは最上の幸福なり」
ゴミを捨てて、由利はピアノの前に、俺は昨日と同じ位置にある椅子に座る。
無言でゆったりとした時間がしばらく流れた。
静寂に耐えかねたのは、俺が先だった。
「由利は小さい時からピアノを?」
「いつからだっけ……5歳? 6歳? 忘れちゃったけど、小学生になる前だったかな。ピアノ教室に通い始めたの」
「へえ。それは自分から? それとも親に言われて?」
俺は後者だった。
母さんと近所のピアノ教室の先生が友人で、無理やりに近い形で通わされた。もっとも、俺自身はピアノが好きになれず、一年ちょっとでやめてしまった。外で友達とボールを蹴っているほうが性に合っていたのだ。
「うん、えと、親に言われて始めたの。でもね、でもね、今はきっかけとかどうでもいいかな。こうやって好き勝手弾いてるのが楽しいしね」
「そうか」
「うん! さーて、今日も張り切って弾いちゃおっかな。外村くんを虜にするような演奏を聞かせてあげようじゃないか」
ブラウスの袖をまくって、肩を回す。
ちらっとこっちを向いて彼女は大げさな笑みを浮かべる。
「ただいまー」
「早いお戻りですな。ああっ! わたしが食べてたのより高いやつ!」
「大人のちょっとした贅沢よ」
「ひとくち! ひとくち欲しい!」
気のせいだろうか。
ピアノを始めたときのことを尋ねたとき、少しだけ言い淀んだような。
わざとらしく話題を変えたような。
そんな考えも、アイスをせがむ彼女の姿を見ていたらバカらしくて、忘れてしまったけれど。
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