208年・江夏~敵ノ正体~

見えない敵ほど、恐ろしいものはない。

戦争を経験した祖父の言葉だ。


曹操は、まさにその見えない敵だ。

未来を知るはずの俺の計略を見透かし、常に先回りした手を打ってくる。


尋常でない天才だ。

そして、そんな天才は一人しか知らない。

だからこそ俺は、如月創あにきが曹操に転生したという疑惑が拭い切れなかったのだ。


――だが。

「やっぱり曹操の正体は、如月創あにきじゃない」

軍議室で、俺は結月と孫龍に言う。


これは長坂坡ちょうはんはで曹操で対峙したからこそ分かったことだ。


――あの男は違う。

あの背筋が凍るような視線は、創のものではありえない。


「ほらね、やっぱり」

結月が得意げに笑う。明らかに安堵の表情だ。

否定はしつつ、やはり心の奥には引っかかっていたのだろう。

「でも、結局、創ちゃんはどこにいるんだろうね……」


俺もそれは考え続けていた。

「まだ分からない……。けど、ある程度絞れては来た」

「ホント!?」

「まず、劉備軍の中にはいない。あれだけ面接を繰り返してきたんだから、それは間違いないと思う。そして、魏にもいないはず。さすがに、あの極悪非道の王そうそうの下には、創は付かないと思う。となると残りは……」

「呉っすね」

孫龍が横から答えてくる。


――そうだ。

曹操の魏、劉備の蜀、そして孫権の呉。この三国時代において、魏にも蜀にもいないのなら、残りは呉だけだ。


「でも、呉って、すごく人が多いんだよね」

肥沃な大地と精強な水軍を持つ呉は、数多くの民を抱えている。


自国ならまだしも、他国で転生した兄貴を探すのは、熱帯雨林で一匹のアリを探すようなものだ。


「誰か当てはあるの?」

「一人だけね。可能性は、誰よりも高いと思う」

「え、誰!?」

結月が身を乗り出してくる。


「諸葛謹。ホンモノ・・・・の諸葛亮孔明の兄だよ」

「……。どういうこと!?」

結月が怪訝な表情を浮かべる。


――確かに、諸葛謹この名は、三国志好きでなければ知らないかもしれない。


史書によれば、諸葛亮孔明には才気に溢れる兄がいたという。その名は諸葛謹。生まれ故郷は魏国の領土・徐州でありながら、呉王孫権に徴用され、将軍にまで登りつめた男だ。


孫龍は、「やはり」という表情で頷いている。

――趙雲好きの父親に育てられただけあって、流石に気付いていたらしい。


現代日本あっちで兄弟だった創さんとアキラさんが、三国時代こっちでも兄弟…っていうのは有り得るかもしれないっすね。」


「えーっ!そんな大事なこと、早く言ってくれなかったの?」

結月が唇を尖らせる。

「いや、まだ仮説に過ぎないし。変に期待させて違ってもアレだし……」


「だからって、教えてくれたっていいじゃん。二人して秘密にして、何かズルい」

珍しく結月が駄々をね始める。


「いや、そもそも、向こうで兄弟だったから、こっちでも兄弟というロジックには決定的な破綻があるんだ」


俺は、助け舟を求めて孫龍を見る。

「そうっすよね、もし兄弟関係が転生先にも影響するなら、俺とアキラさんが三国時代こっち諸葛亮諸葛均に生まれ変わるのは筋が通りません」


「そっか。確かにね」

結月は一瞬、納得の表情を浮かべたが、すぐにそれは落胆へと変わる。

「じゃあ、結局振り出しってことか……」


「ただ、転生先が呉の重臣の諸葛謹なら、いくら劉備軍が呼びかけようと出てこれないのも分かる。それに、呉という異国の地で将軍にまで上り詰めるのは、相当の才能だと思う。その意味で、曹操が違った今、最有力候補であることに間違いはない」


「ダメ元で当たってみるのはアリだと思います。アポなし営業みたいなもんっすよね。失敗しても、特に失うものはないですし」

相変わらずのポジティブさだ。だが、軍師としてはつっこまなければいけない。


「いやいや、戦争状態でないにせよ、敵国の将軍にアポなしで向かって行ったら、それこそ首を失いかねないって」

「だったら、むこうから、同盟を結びにきくれればいいんですけどね」


確かに交渉事は、依頼される側が主導権を握りやすい。常識的に考えれば、それは難しい。曹操軍にズタボロにされた今の蜀軍は数千名にすぎない。一方呉は数十万の水軍を抱える一大勢力だ。


いうなれば、世界規模の大企業の方から、中小企業に協業を申し出てくるのを期待するようなものだ。


だが、俺は一つの手を打っていた。

「曹操軍が、呉に侵略しようとしている」という噂を、民の間に故意に広めたのだ。そして、「曹操軍の強さと弱さ・・・・・は、戦った者にしか分からない」とも。


ここに、嘘はほんの少ししか・・・・・・混じっていない。曹操の狙いが天下統一である以上、当然、呉も射程に入っているだろう。そして、呉王孫権はいまだに曹操軍と対決した経験はない。


唯一の嘘は、「弱さ」の部分だ。強さは肌身で感じているが、正直、今の曹操に弱みは見当たらない。だが、それこそが、今の呉王が最も欲しい情報なのだ。


――果たして、呉王孫権がその蒔き餌に引っかかってくれるか。そして、こちらの思惑通りに同盟を結んでくれるのか。


ちょうどその時。

慌ただしく部屋に伝令が入ってくる。


「呉王・孫権様からの使者が劉備様の下に参りました。劉備様より、諸葛亮様にも同席して欲しいとお事伝え頂いております」


――餌にかかった!

俺は、結月と孫龍と顔を見合わせる。


「その使者の名は?」

「魯粛様、と仰っています」


武力と知力を併せ持つ、呉国屈指の豪傑・魯粛。

下手を打てば、釣り人俺たちごと水に引き込んでしまうほどの大魚だ。












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孔明転生~就活全滅の俺が、最弱劉備軍を率いて曹操と戦う話~ 星海洸 @feelproject

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