現代・東京~天才ノ探シモノ~

 ――あの伝説のプログラマー、ソウ・キサラギが初めて記者会見に出るらしい。


 そんなニュースが駆け巡ったのは、去年のことだった。本来会見に出るはずの人間がインフルに罹り、共同経営者から泣いて出席を頼まれたらしい。


 決算発表会の会場には、溢れんばかりの報道陣が集まっていた。海外のマスコミもこの日のために駆けつけているようだ。


 あまりの人気ぶりに、急遽、mikomikoチャンネルのネット生放送が決定したくらいだ。俺と結月も、俺の部屋で中継にかぶりついていた。


 開始から30分間ほど、人が好さそうな共同経営者が、経営状況をそつなくプレゼンする。事業自体は好調そうだが、残念ながら報道陣の目当てはそこじゃない。


 質疑応答の部に入ると、マスコミ嫌いの天才プログラマーの正体に迫ろう――あわよくば化けの皮を剥がそう――と手ぐすねを引く記者たちが、争うように手を挙げた。


 そんな中、初めに指名されたのは、白いYシャツのボタンを胸まで開け、下は青のジーンズという、いかにも西海岸風ファッションの中年記者だった。


「あ、シリコンヴァレーの後藤です」

 ValleyのVの発音をやたら強調しつつ、記者は言葉を続ける。


「如月さん、あなた、日本では天才だともてはやされてるようですが――。本当の天才、そうだな...私が住んでいるシリコンバレーのミックなんかが聞いたら、なんて言うでしょうかね?」


 質問の意図が読めず、困惑する会場をよそに彼は発言を続ける。


「彼、8歳のころからコードを書いて、13歳で起業してましたよ。英語もフランス語も中国語もペラペラですし。あ、僕、彼のこと色々面倒見てあげてるんですけどね……。」


 どうやら自分のネットワークを自慢したかったらしい。会場の苛立ちがネット越しにも伝わってくる。有名人に便乗して自分の価値を誇示したいヤツは、どこの世界にもいるようだ。


「あの人、 一体何が言いたいの?」

 ぼふっ。俺が抱える”ぐーたれうし”に、結月が正拳突きを放つ。さすが空手家の娘、クッション越しでも割と痛い。


 会場の視線が創に注がれる。だが、創は口を開かない。


 代わりに創専用の擬人化AIが、なめらかな女性の声で――発音が綺麗すぎて、始めはAIと分からなかったほどだ――こう答えた。


「あなたのご友人は、カリフォルニア州・サンノゼ在住のMichael Francis Yangさんのことですね。彼も本アプリのユーザーです。その質問を彼に直接聞いてみましょう」


 低い起動音とともに、背後のプロジェクターに、創のスマホ画面が映し出された。創が全く手を触れないままに通話アプリが起動する。


 回線がつながり、次の瞬間は左にミックの顔が、右側には口を半開きにした記者の顔が映し出される。


 AIが記者の発言をそのまま英訳すると、ミックは興奮した様子でこう答えた。

「ソウ・キサラギこそ本当の天才だよ!少なくても僕なんかよりはずっとね。彼のおかげで、世界のAI研究は10年進んだと思う。ぜひ直接会って話したいな」


 そして、記者に向けてこう言い放った。

「ところで、僕、君と会ったことあったっけ?」

 

 恐らくパーティーか何かで挨拶しただけなのだろう。冷や汗を流しながら、記者は張り付いた笑顔でこう言った。「Oh, yeah……」


 隣で結月が爆笑している。

mikomikoチャンネル上では、「oh yeah!」という弾幕が飛びまくっている。

 

 その後も、AIが質問に答え続け、主役が一言もしゃべらないという前代未聞の記者会見は進んでいく。既定の時間が過ぎ、司会者が閉会の挨拶を口にしようとした時。

 

 ――記者の中からこんな質問が飛んだ。

「如月さん、今後の計画プランを教えてください!」


 意外にも創は、今日初めてマイクを握り、自らの口でこう答えた。


 ――!?

 答えの意味が理解できず、再び会場が呆気にとられる。

 

 そんな報道陣を置き去りにして、マイクを置いた創は、そのまま舞台裏に消えていった。共同経営者も、やれやれといった表情を浮かべている。


 ――中二かよ!

 ネット越しに思わずつっこんだのは、俺だけじゃないだろう。


∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ 

 

 創がその言葉を実行したのは、記者会見の翌日のことだった。既に会社は友人に譲り、これから世界に旅立つという。相変わらずの思考のジャンプぶりだ。


 玄関口では母親がいつもの口調で声をかけている。

「何だっけ、その……、シンリとかいうの、早く見つけて帰ってくるのよ」


 まるでちょっと忘れ物でも探しにいくかのようだ。

 だが正直、俺たちも一カ月もしたら帰ってくるだろうと高を括っていた。


――あれから一年。創は今だに世界を巡っている。


 時々、俺と結月宛てに、世界のどこかの画像が送られてくる。


白銀の雪原や、陽光が降り注ぐ透明な海、中世の風情を残す赤い屋根の町並み、冠雪がきらめく山脈、そして孤島に立つそびえたつ灯台……。


 美しくはあるが、何の変哲もない風景写真。これが、創が探し求めている“真理”とやらに何の関係があるんだろう。


 がんっっっ!!!


 過去の夢想を破ったのは、鈍い激突音だった。強風に煽られ、何かが窓にぶつかったらしい。雨足も大分強くなってきている。雨戸を閉めた方がよさそうだ。


 雨戸に手をかけた時、向かいの結月の家に明かりが灯った。窓が開かれ、ショートカットの人影がこちらを向く。お馴染みの結月のシルエットだ。


 よく見ると、俺に向かって何かを叫んでいるようだ。が、雨音でまったく聞こえない。やがて諦めたようで、今度は自分のスマホを指して、手をぶんぶん振り始めた。


 ――スマホを見ろ……ということか?


 ベッドの上のスマホに目を落とすと、メールの着信表示が光っている。創からだ。急いで開封すると、灰色の岩壁と、緩やかに流れる大河の画像が現れる――。


 いつもと同じような風景画像だ。

だが、一つだけ異なる点があった。画像に、こんなメッセージが添えられている。


「真理を見つけた。赤壁で待つ」


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