現代・東京~AIノ微笑~
――何で、こんなことになってんだ。
創からのメールを閉じた瞬間、謎のウィルスが起動し、正体不明なアプリが物凄い勢いでダウンロードされ始めたのだ。
マズい、電源切らなきゃ――そう思ったときにはもう遅かった。数秒後には、見たこともないアプリがホーム画面を占拠していた。
玄関のチャイムが鳴り響く。
「あらまあ、うち来るの久しぶりねぇ~」なんて母親の声が聞こえてくる。
結月に違いない。
軽快に階段を跳ね上がる音が聞こえ、勢いよく俺の部屋のドアが開かれる。幼馴染ともなると、ノックという概念さえないようだ。
しゃがみこんでスマホを握る俺を見つめ、大きくため息をつく。
「あー、やっぱ遅かったか」
――どうやら、さっきスマホを持って手を振っていたのは、”気をつけろ”というメッセージだったらしい。悪いが、完全に逆効果だ。
「いやー、油断したよ。まさか創ちゃんのメールにウィルスが仕込まれてるなんてね」
母親が運んできたアイスコーヒーにガムシロップをどばどば入れ、一気に飲み干した。よっぽど慌ててきたらしい。
当然、俺たちのスマホにも当然ウィルス対策ソフトは入っている。だが、そんなものは創の手にかかれば、クッキーで出来た城壁並みの強度しかない。
「そもそも、これって本当に創からのメールなのか?」
創の名を語る誰かのメールという可能性も捨てきれない。
「たぶん、創ちゃんで間違いないと思う。こんな美しいウィルスを仕込める人、日本に数人しかいないだろうから」
美しいウィルスって……。
つっこみたい衝動を抑え、俺は呟く。
「となると、このアプリ自体が何かのメッセージということか」
「えいっ!」
突如俺のスマホを奪った結月が、いきなり正体不明なアプリをクリックする。
――ちょ、ま、お前!
慌てる俺には気にも留めず、結月は自分のアプリも起動する。
「考えてもしょうがないでしょ、それに――」
「創ちゃんが、わたしたちを攻撃するわけないじゃない」
確かに、それはない…はずだ。だが、結果的に振り回されまくった経験は山ほどある。
アプリが動きだし、スマホの画面いっぱいに世界地図が展開される。やがて、その地図上に、次々と青白い光点が現れる。
北米大陸の北端から始まり、ヨーロッパ大陸の南端――あればトルコのあたりだろうか――、ドイツ、スペイン、そしてあれはスコットランドあたりか。
そして最後の点が灯ったのは、中国大陸だった。そこだけ、赤い点が点滅し続けている。――そう、あれはちょうど。
「赤壁、かな」
地理や歴史の知識は殆どない結月だが、勘だけはやたら鋭い。
――つまりこういうことか。
この地図には、過去、創が訪れた場所がマッピングされている。恐らく、過去送られてきた5枚の画像が、青い光点に重なるはずだ。俺はパソコンを立ち上げ、詳細な場所を検索する。
1枚目の雪原の画像はカナダと北極の間だった。原住民がかろうじて住めるくらいの極寒の地で、決して旅行で行くような場所ではない。
2枚目の海の写真はエーゲ間に突き出る、トルコのガリポリ半島。そして3枚目の赤煉瓦の都市は、ドイツの――。
都市名が画面に浮かんだ瞬間に、背筋に寒いものが走った。
「ハーメルンって、あの笛吹きの?」
結月が後ろから覗いてくる。
額に汗が滲んでいくのを感じながら、4枚目の冠雪を抱く山脈の写真に急ぐ。スペインとフランスの中間、ピレネー山脈だ。
5枚目の灯台は、見ないでも分かる。スコットランドのアイリーン・モア島だ。
5枚の写真全て過去に集団失踪事件が起こった場所だった。
カナダのアンジクニ村では30人の原住民が、ガリポリ半島では66人のイギリス兵が忽然と姿を消している。ハーメルン笛吹きは日本でも有名だろう。
ピレネー山脈では、スペイン継承戦争中4000人もの兵士が、アイリーン・モア島では3人の灯台守がそれぞれ行方不明になっている。
規模も場所もバラバラだ。だが、偶然の一致というには、あまりにも出来過ぎている。
「真理を見つけた。赤壁で待つ」
このメールが正しければ、創は今、点滅する点の場所――中国の赤壁にいるはずだ。いきなり物騒な予感を漂わせ始めた”真理”とともに。
しばらくの沈黙の後。
「行こっか、赤壁?」
結月が呑気な声で、言い出した。
「本気?」
「創ちゃんが見つけた真理、ちょっと興味あるしね」
それに――と、結月が悪戯っぽく笑う。
「赤壁って、三国志マニアには聖地なんでしょ?」
―――図星だった。生粋の三国志ヲタ、特に劉備ファンの俺にとっては、夢にまで見た場所だ。それに正直、ほんのひと時でもいいから、この終わりの見えない就活から逃げだしたい。
「――あ」
俺の返答を待たずに、結月が間の抜けた声を上げる。
「なんかまた動きだした」
地図に再び目を落とすと、赤壁周辺の地図の横に、2017年6月25日13時25分という文字が浮かびあがっている。恐らく、この時間に落ち合おうという意味だろう。
「――って、三日後か。無茶だろ!」
「正確には3日と5時間7分後です。大丈夫、十分間に合います」
結月の声より僅かに高い、それでいてどこかで聞き覚えのある声が部屋に響いた。
―――誰?
俺と結月の声が重なった。
「申し遅れました。シャオと申します」
俺のスマホに、絶世の美女が映っている。
声に聞き覚えはあっても、その顔に見覚えはない。こんな美人、一度でも見たら絶対忘れないはずだが……
「あ、記者会見のAIさんだ!」
俺より少し早く、結月が答えを見つけ出す。
――そうだ、創の記者会見のとき、見事な受け答えをしていたAIの声とそっくり、というよりもそのものだった。
その時は声だけで“中の人”は映し出されなかったので、見覚えがないのも当然だ。
画面の中のシャオは満面の笑みを浮かべ、こう宣言した。
「はい。創様の
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