現代・東京~他人ノ祈リ~

 現代・東京


 ――慎重な選考を重ねた結果、ご期待には沿えない結果となりました。如月様の今後のご活躍をお祈り申し上げます。


 見ず知らずの採用担当者から祈られるのは、これで何回目だろう。


 ぼふっ!

 ベットの上のもふもふ抱き枕ぐーたれうしにもたれかかる。


 窓の外では、重苦しい鈍色にびいろの雲が、猛スピードで移動している。梅雨の湿気をはらんだ大気が、肌にまとわりつく。一雨来るもしれない。


 ……俺の就活みたいな雲行きだな。


 俺が属する歴史学科、中国古代史専攻というカテゴリーは、企業にとって「非戦力」とみなされるているらしい。いわゆる就職ヒエラルキーの低位層だ。


「大学生活で一番努力したことは?」

 この定番の質問に、未だに何て答えればいいのか分からない。


 一度、三国志研究についてひとしきり熱く語った時、面接官に冷めた目でこう言われたのが忘れられない。

「いくら三国志に詳しくても、仕事じゃ全く使えないからね」


 だが、院に進んだとしても、その先は全く見えない。むしろ、数少ない教授の座を巡って、壮絶な足の引っ張り合いが行われるのが実情だ。


 ――創はこの歳で、もう起業してたんだよな……。

 天才と呼ばれた兄と比べても仕方ないのは分かっていても、それでも落ち込んでくる。


 三年前、当時大学生だった如月創は、"個別型"同時通訳AIをほぼ独力で作り上げ、そのアプリを全世界に無料公開した。


 人にはそれぞれ話し方の癖がある。だから、教科書的な話し方を要求する従来のアプリでは、正確な同時通訳はほとんど不可能だった。


 そこで創は、擬人化AIによる個別音声認識を同時に走らせ、カスタマイズ化を実現することで、格段に翻訳性能を高めたのだ。

 

 「あの△△△野郎の〇〇〇を、◇◇◇◇してやるわ!」

創のアプリが有名になったのは、某美人外国人スターの失言がきっかけだった。

 

 通訳が思わずスルーしたほどの過激な発言を、その場にいたレポーターがたまたまオンにしていた創のアプリが拾い、自動通訳してしまう。――全国向けの生放送で。


 そのあまりに美しくて下品な日本語の肉声に、お茶の間は大騒ぎになった。だがこの騒動で、創のアプリの認知度は一気に向上する。


 世界1億ダウンロードを突破したころには、創は一躍“時の人”となっていた。

――これには、創の才能だけでなく、容姿も影響していたように思う。


 普段は無造作に伸ばした髪に隠れていたが、その繊細で中性的な顔立ちは、初対面の人が思わず二度見するほどに整っていた。


 どこかで隠し撮りされた写真がネットで出回った時なんて、隠れファンクラブが誕生していたくらいだ。芸能人事務所が動いているという噂さえあった。


 当然取材も殺到した。電話だけでなく、家の前にも記者が張り込んでいたことさえある。家の前で、「なーんだ、弟の方か……」とガッカリされたことも一度や二度ではない。――失礼な。


 そんな俺の苦労をよそに、創は全ての取材を断ってきた……というよりもスルーしてきた。俺からすれば「正直もったいない」という気持ちもあったが、マスコミに出たくない創の気持ちもよく分かる。


 創は、その天才性ゆえに、マスコミが求める"キャッチ―で分かりやすい"表現が苦手なのだ。思考スピードが常人離れしているために、一般人には、結論に至るまでの思考プロセスがほとんど理解できないからだ。


 小5にして大学レベルの数学の問題を公式さえ使わずにあっさりと回答し、先生からカンニングを疑われたこともあったくらいだ。


 そんな創に――俺たち家族を除けば――ほとんど唯一なついていたのが、幼馴染の結月だった。


 有名な空手師範を父親に持つ結月は、小学生のころから”発明”が趣味だった。何かにつけて空手を押し付けてくる、父への反動らしい。


 初めの発明は、ロボット掃除機を改造して作った”掃除機ロボット”だった。身長は二倍だが掃除性能は二分の一という、なかなかに挑戦的いみふめいな発明だった。


 そんな結月と、大人顔負けのエンジニア脳を持つ創は波長が合ったらしい。やがて、結月はうちに出入りをはじめ、気が付くと顔パスになっていた。


 中学二年生の冬の日。

「見て見て、作ってきたよ~」

 結月が、世界史の資料集に載っていた古代の農耕具を両手に抱え、家にやってきた。

 

「お前、こんなの何に使うんだよ」

「え、パン作り」

「麦からかよ!」

思わず突っ込む。


 その日の晩。創と結月と俺おれたちは、野ざらしになっていた近所の休耕田に忍び込み、勝手に麦の種をいてきた。創が、小川から水を畑に還流するポンプを設計する。


 その日から、俺たちは放課後にヒマを見つけては畑に入り浸るようになる。様々な試行錯誤トライアルアンドエラーを経て、畑が小麦色に染まり始めた初夏。


 一足早く学校を終えた俺と結月おれたちが石釜で収穫をしていると、遠くから老人じいさんの怒声が聞こえてきた。「うちの土地で何やってるんじゃ、お前ら!!!」

 

 俺たちを見つけたじいさんは、用水路を飛び越えすごい勢いで追ってくる。


「逃げるぞ!」

思わず結月の手を引き、麦畑を横切ろうとする。


……が、運動神経ゼロの俺は、盛大に足を絡ませ、麦の海へとダイブする。結月まで巻き込んで。


「いったいなぁ、もう……」

額を押さえながら、結月が立ち上がる。

その無防備な表情に思わずドキッとする。


 あれ、結月こいつ、こんなに可愛かったっけ!?

ショートカットにジャージという色気ゼロ格好と、思いのほか女の子らしい表情のギャップに思わず目を奪われる。


 結局、俺たちはじいさんに捕りこっぴどく叱られた。警察を呼ぶと言ってきかない老人じいさんを説得したのは、事情を聞いて駆けつけてきた創だった。


 その頃、既に“天才”高校生プログラマーとして家計を支えていた創が、その場で麦の買い取りの約束を交わす。もともと休耕田だったので、それなら相手じいさんにも異論はない。


「当分、毎日パンだな」

創が苦笑いして、俺と結月の顔を見る。


「ありがとう、創ちゃん!」

結月が、満面の笑顔で創の腕に抱きつく。


小学校の頃から見慣れた二人のやりとり。

だが、その時初めてなぜか、ちくりと胸が痛んだ。


それが嫉妬という感情だと気づいた頃には――。

創は俺たちの前から姿を消していた。

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