2ー1 はー、やっと見つけた
気が付いたら、誰もいない薄暗い駅のホームに立っていた。
ここは何だろうと周囲を見回していると、『間もなく電車が参りま~す』とアナウンスが聞こえた。
更に続けて『その電車に乗ると、あなたは怖い目に会いますよ~』などと放送された。
何だ?この駅は。
そう思っていると、やがてホームに電車が入ってきた。
だがその電車は、人が跨がれそうな小さな機関車に遊具のような座席が連なっているという駅には似つかわしくないもので、まるで遊園地などにあるお猿の電車のようだった。
ますます不可解だ。
その電車に乗っている乗客も、妙に生気の無い青白い顔をしていたり、俯いて表情が伺えないという陰気な客ばかりだった。
この電車も不気味だと感じたが、これ以上この訳の分からない駅にいたくないという気持ちの方が勝り、後ろから三番目の空いていた席に乗り込む事にした。
『出発します~』
まるで自分が乗るのを見計らっていたかのようなタイミングでまたアナウンスが流れると、間もなく電車が動き出した。
電車が進み始めると、すぐ近くにトンネルがあり、入っていくと更に視界が薄暗くなっていった。
他にも客は乗っているというのに心細さは増すばかりで、思わず前後の客の様子を探るように視線を巡らせてしまった。
するとまた、駅で聞いたのと同じ声でアナウンスが響いた。
『次は活作り~、活作りです~』
何だ?何なんだ?
急に強い不安感に苛まれ、無遠慮に周囲をきょろきょろと見回した。
すると座席の一番後ろ、俯いた男が座っている周囲に、どこからか湧き出すようにぼろ切れを纏った小人のようなもの達が現れた。
「…………!?」
何だ、あれは一体。
その小人達は、皆手に黒い包丁のようなものを持っているのが分かった。
やがて座ったまま身じろぎ一つしない男に向かって、小人達が包丁を向けて飛びかかろうとしていた。
「――――っ!?」
危ない、と言おうとした次の瞬間、どす、どす、どす、と何かが刺されるような音が立て続けに耳に飛び込んできた。
「……え……?」
身じろぎ一つしない男の周り、座席の一部が何故かつららのような鋭利な形に飛び出し、小人達一匹一匹がまるで百舌鳥の早贄のように貫かれていた。
『……な……!?』
酷く戸惑ったアナウンスが聞こえたと同時に、電車ががたんと揺れた。
刺されたままじたばたと暴れている小人達の中心で、金髪に白スーツの男は脚を組むと、俯いたまますっと右手を掲げた。
するとその手のすぐ上に、黒い靄のようなものが空間からじわじわと溢れてくるのが見えた。
間もなくその靄は二メートル程の先端の尖った黒い串のような形に変わり、男の手の上で横向きに浮かんでいた。
「次は串刺し~、串刺しです~」
ふいに男が口を開いたと思うと、アナウンスの口調を真似てそんな事を呟き、手首だけを動かして手を前に倒した。
するとその方向に巨大な串がびゅんと飛んでいき、前方の機関車を串刺しにした。
『がああああっ!?』
途端にアナウンスの声で苦痛を訴える叫び声が響き、一度大きく揺れた後電車が停車した。
すると串が突き刺さった機関車がみるみる串と同じ真っ黒な色に染まっていき、黒い塊と化したそれから長い四本の脚のようなものが飛び出した。
そのまま黒い塊が折り畳んでいた体を伸ばすように広がり、元の機関車の倍を軽く上回る大きさの、頭と首の長い大きな四つん這いの生き物のような姿に変わっていった。
「な……!?」
突然の事に頭がついていけずに混乱していると、後ろから金髪の男が飛び出してきた。
その手には、先程の串と同じくらいの長さの巨大な黒い鎌の形をしたものが握られていた。
「次は開き~、開きです~」
またアナウンスを真似たと思うと、そのまま黒いものに飛びかかり、鎌でその頭から胴体までを縦一文字に切り裂いた。
「あ――!」
今度はアナウンスのような機械的な響きの無い声で悲鳴が上がったが、それは一瞬だけですぐに途切れた。
やがて黒いものは剥いたバナナの皮のように広がり、へしゃりと力無く倒れ込んだ。
「…………?」
倒れたそれがどうなったのかはここからでは見えなかった。
機関車があった位置に何故か浮かんでいる金髪の男の後ろ姿を見ていると、ふいに座席に座っていた乗客達がゆっくりと立ち上がり始めた。
今の今まで死んだように身動き一つしなかった乗客達が突然一人また一人と立ち上がり、一様に機関車があった前方を見つめていた。
「……あ、あ、あ、あ……!」
急に絞り出したような声を漏らしたと思うと、皆青白い顔のまま涙を流し始めた。
「え……え?」
訳が分からずただ周囲の人々を見回していると、浮かんでいた男が座席へと降りてきた。
男はそのまま最前列から最後尾へと座席を飛び越えながら、乗客達の顔を一人一人確認するように歩いていった。
「え……あれ……?」
最後尾の席をよく見ると、串刺しになっていた筈の小人達がいつの間にか消えており、代わりに同じ数の人間が一つの席に詰め込まれるように佇んでいた。
「……あ、あ、あ……!」
その人達も同じように涙を流している。
その席の手前まで男が歩いていき、全員の顔を確認したかと思うと、一度息を吐き出した後に声を上げた。
「みんなもう大丈夫だ!あいつは退治した!もう帰れるからな!」
「由芽乃さん!この人がさっきから……!」
こちらの姿を見つけた瑠璃が若干慌てた様子で飛び出してきたと思うと、同じスペースから縄でぐるぐる巻きにされ口を布で覆われた状態で座った体勢の青白い顔の中年男を重そうに引っ張り出した。
「……う、う、う、う……」
男はただ声を漏らしながら涙を流し続けていた。
「さっき急に泣き出して……」
銘作は二人のすぐ近くに着地すると、男を縛っていた縄に軽く触れた。
途端に縄と布は蜃気楼のようにすっと消えていき、解放された男は力が入っていないかのように姿勢を崩した。
「分かるんだろ?自分を縛ってたものが消えたって」
そう言いながらしゃがみ込んで男と目を合わせるようにして、にかっと笑って見せた。
「もう大丈夫だ、あの化物は退治したからな。あいつはもうどこにもいねえよ」
「……………!」
声にならない声のようなものを吐き出し、男は小さく震えながらゆっくりと手をこちらに伸ばしてきた。
その手を力強く握る。
「一人で帰れるだろ?」
小さく頷くと、男は少しずつ透明になっていった。
完全に消える前に、男の口が、ありがとう、と動いたのが見えた。
「……よし」
銘作が立ち上がると、瑠璃が何か聞きたそうな顔で口を開いた。
「さっきの電車は……なんだったんですか?」
「あれはネットでちょっと有名な“猿夢”って呼ばれる都市伝説になってる夢魔だ。こういう駅の夢からさっきのお猿の電車みてえな奴に乗せて、乗ってる客を順番に料理でもするみてえに捌いてく、って趣味
「な……!」
瑠璃が思わずといった様子で口を手で覆った。
「……じゃあ……あの最初から乗ってた人達は……!?」
「前から夢魔に捕まえられてた人達だ。今まであの人達を散々拷問してたんだろうが、拷問し過ぎて感情がすり減っちまって反応が鈍くなったんだろうな。今度はあの人達を殺す事で恐怖の演出の道具に使って、新しい犠牲者の新鮮な反応を楽しんでたんだろう」
先程の乗客達の青白い顔と、感情を表現する事もままならなくなったぎこちない反応を思い出す。それでも涙を流す事が出来たのはせめてもの救いだと思う。
個人的により心配なのは、不気味な小人に姿を変えられて人殺しをさせられた人達だが。
「……あれ……でも乗ったら殺されるなら……どうやって都市伝説に……?」
「最初にネットに載せた人は、途中で目を覚まして逃げれたんだと」
「あ……そうだったんですか……」
瑠璃がほっと息をつく。
「だが、忘れた頃にまたあの電車に乗せられた」
「え……!?」
「また同じ電車に乗った夢を見て、今度も自分が殺される寸前に目を覚ませた。だが今度は目を覚ましたと思った直後に『また逃げるんですか、次来た時は最後ですよ』って声が聞こえたそうだ」
「……!?……それ……どうやって……!?」
「多分本当に目を覚ます直前に、目を覚ませたと思わせるようなリアルな夢を見せてたんだろう。その人が自分の意思で目を覚ませるって事は分かってただろうしな」
「……なんて事を……!」
瑠璃は小さく頭を振った。
「まあ、そうやって逃げれた中の一人に助けてくれって依頼されてたわけだが」
「……え?そうだったんですか?」
「ああ。だがあいつは同じ相手の所にすぐまた来るわけじゃねえし、色んな人間の夢を渡り歩きながら犠牲者を捕まえてたみてえだからなかなか見つけられなくてよ。依頼受けたの去年だぜ?今回見つけられたのは本当に偶然だったんだ」
「きょ……去年……大変でしたね……」
心から同情した顔を向けられる。
「まあ時間はかかるだろうとは言っといたけどな……あと話を聞いたり都市伝説調べた限りで気になってたのが、夢魔の本体がどこにいるのか分からねえって事だったんだ。だからああやって入れ替わって電車に乗り込んでみたんだけどな」
「ああ……それで……」
毎晩沢山の夢を渡り歩いて夢魔を探していた銘作は、今回偶然この駅の夢を見つけ、合流した瑠璃と一緒にホームの下に隠れて電車が来るのを待っていた。
やがてやって来た電車を見てこれは“猿夢”だと確信すると、一番後ろの座席の床をすり抜けて侵入し、そこに座っていた男を縛ってから今度はその男を床をすり抜けさせて瑠璃に預ける事で入れ替わっていた。
「ちょっと驚かせてやったらあっさり動揺したからすぐ分かったけど、まさか機関車に化けてたとは思わなかったな」
「ええ!?自分であの電車を引っ張ってたんですか!?」
「そうなんだよ。あの殺し方といい、人間だった時は鉄オタだったのかもな。まあ楽に退治出来たから良かったけど……」
そこまで言うと、銘作は顎に手をやって考え込む表情をした。
「どうしたんですか?」
「……いや、あいつを退治したってどうやって依頼人に教えようと思って……」
「……あ~……」
瑠璃の依頼の時など、いつもは依頼人の夢の中で本人が見ている前で悪夢の原因を片付けているが、今回は依頼人とは全く別人の夢の中で原因の夢魔を見つけて退治した。
正直、依頼を聞いた時もどうしようかと悩んだものだが、依頼人から「確かに退治してくれたら言いがかり付けたりごねたりとかしませんから!退治したって証拠だけ見せてください!」と迫られて依頼を受ける事にしたのだった。
「……あ、さっきのあの電車はまだありますか?」
「ん?……ああ、座席の部分は残ってたな。ほっときゃそのうち消えるだろうけど……」
「消える前に、それを依頼人さんの夢に持っていく事は出来ますか?」
「……あれをか?……まあ持ってくくらいなら出来ると思うけど……確かに、あれくらいしか証拠なんてねえもんなあ……」
「じゃ、急ぎましょう!消える前に!」
「お、おう」
電車の座席部分が残されたトンネルの中へと、今度は二人で飛んで向かった。
「さってっと、そろそろいいかな~……あちあちあち」
結論から言うと、無事依頼人を納得させ報酬を受け取る事が出来た。
モノが大きいので新しく機関車を出して引かせようとしたはいいものの、夢魔が出した座席の重さや引かれた座席がどんな動きをするのかが分からず、機関車の出力を調整したりなかなか真っ直ぐ進んでくれない座席を押さえたりするのに苦労しながらなんとか依頼人の夢まで持っていったところ、依頼人に全力で怯えられた。
また猿夢が現れたと勘違いした依頼人を落ち着かせるのにもこれまた苦労したが、これまでの頑張り――主に見つけるまでと退治した後の輸送――をつらつらと説明したら何とか分かってもらえ、だいぶ高額になっていた報酬は分割払いにする事で話がついたのだった。
そして翌朝、今度は銘作が直接依頼人の元へと分割払いの契約書類を持って赴き、無事契約を結ぶ事に成功した。
全額支払われるまでは時間はかかるものの高額の契約を結べた銘作は上機嫌になり、たまには奮発してテレビで紹介していた旨そうなレトルトカレーでも食ってみようかとスーパーに行ってみたが(ちなみに近所のスーパーは常連である)、税抜で三百九十八円もする高級品だったため、同じ棚にあった税抜九十八円のレトルトカレーを買って帰った。
「安くたって充分旨いんだから。コスパ考えりゃ得得」
皿に盛ったご飯にカレーをかけて、部屋のリビング部分のテーブルに置いてからテレビをつけた。
「……ま~た虐待かよ……こうも続くとごっちゃになっちまうっつーの」
食事しながらニュースをチェックするのがいつの間にか習慣になっていた。事件や事故、災害などの被害者が悪夢に苦しめられる事も多いので、仕事を円滑に進め易くするためにもなるべく情報は収集するように心掛けている。
「あ、イラネイラネ」
芸能ニュースになったのでチャンネルを変えた。
リモコンをテーブルに置くと、丁度それと同じタイミングでこんこんとドアをノックする音が聞こえた。
「え……はーい!今行きまーす!」
正直(普通昼飯時に来るか!?)と内心思ったが、そんな感情は営業スマイルの奥に引っ込めて、半分程残ったカレーを置いて玄関へと向かった。
「はい、いらっしゃいませ~。悪夢カウンセラーの由芽乃銘作と申します」
玄関を開けると、ギャル風のメイクをした年齢不詳の女が立っていた。
派手めな風貌と暗い表情がアンバランスにも見えたが、この手の女はバッチリ化粧をしないと外出出来ないタチだろうからしょうがないのだろうな、と思った。
「えっと……ここで悪夢の相談やってるんですよね?」
「はいはい、こちらで合ってますよ~。詳しいお話は中でお伺いいたしますが?」
「あ、はい……」
力の無い声を発した依頼人を、カレーの匂いが漂う部屋の中へと招き入れたが、特に気にしてはいない様子だった。部屋の中でカレーと化粧の匂いが微妙に混ざり合う。
「で、本日はどのようなご相談で?」
向かい合って座りながら、銘作が話を促した。
「…………」
依頼人はなかなか口を開こうとしなかった。表情からもあまり話をしたくなさそうなのが伺える。
悪夢の内容は個人のプライベートに関わるものも多いので、いきなり話す事を躊躇う依頼人も多い。こういう時は急かさないようにしている。
「あまり言いたくない事でしたら焦らなくても大丈夫ですよ?お話出来る時にお話していただければ」
「……そうですか?」
銘作の言葉を聞くと、依頼人は何故か不自然な上目遣いでこちらに視線を向けてきた。
(おい、別にあんたと長く居たいとかって意味じゃねえぞ?ただの商売上の気遣いだからな?)
ぶっちゃけるとギャル風の女は好みではない。
この手のメイクの女は皆似たような顔に見える上、化粧を落とすとまるで漫画の怪盗やスパイの変装並みに顔が別人になるのでそれこそマスクでも着けた女と付き合っている気になってしまう。
そんな所で現実が漫画に追い付かなくてもいいのに、と切実に思う。
「お話しづらいようでしたら、また日を改めていらしても大丈夫ですので」
「……あ……いえ……」
さりげに自分の意思を伝えると、今度は若干焦ったような様子になった。
まあわざわざこんな所まで来て今更何もせず帰る人もそうはいないだろうが。
「……あの……驚かないでくださいね……?」
「はい、普段から様々な話をお聞きしておりますのでご心配なく」
営業スマイルでそう伝えると、依頼人は恐る恐るといった様子で口を開いた。
「……夢に……出てくるんです……死んだ娘が……」
「……へ?」
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