宵待草
甘楽
其の壱
当夜は待宵である。望月を
彼の名を山内
彼の胸中を悩ませるのは
帝都は往年より大日本帝國の発展の象徴であつた。政治、経済、文化、有りと有らゆる事物は帝都を発端として始まつた。
然し、平穏は或る時、水泡が弾けるかのやうに呆気なく消え去つた。其れは突然のことである。忘れもしない、大正十二年の九月一日、十一時五十八分三十二秒。風の強い日であつた。地の底を這ふ怪物の唸り声のやうな轟音の響いたかと思へば、刹那の後、大地が大きく波打つやうにうねりを上げた。吾ゝは其の瞬間、平和な昼時の日常が崩れて往く音を確かに聞いた。家ゝは大小問はず
否、彼は独りきりではなかつた。薫が
其れは小さな待宵草であつた。四弁に分たれた黄色の
薫は彼女から目を離すことが出来なかつた。
「遣る瀬無い釣り鐘草の夕の歌が あれあれ風に吹かれて来る」
厳かに紡がるる其れは竹久夢二の詩歌『宵待草』であつた。彼の唄は囁くやうな小さな声であり乍ら、鏡のやうな凪の
「待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草の心もとなき」
其の折、一陣の風が吹き
「想ふまいとは思へども 我としもなきため涙 今宵は月も出ぬさうな」
透き通るやうな女の声である。其の調べたるや、此の世のものとは思へぬ程婉美であつた。鈴を鳴らすやうな清らな声色は冷たい夜気を伝ひ、薫の耳を震はせて内側から身体を叩く。其の甘美な響きの感覚に、薫は酩酊したかのやうに酔ひ
薫は
宵待草 甘楽 @cliche
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。宵待草の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます