7

翌朝。教室に入るなり貴子が飛びついてきた。

「あやっち、おはよ! 昨日はごめんね。なんか急に忙しくなっちゃって」

「あ、たあこ、おはよっ。ううん、いいのいいの! そういうのってあるもんね」

「あやっちの具合はどう? 大丈夫?」

 親友にメールのそっけなさはどこにもなかった。私は心配の種がひとつ解消されて胸をなでおろした。嫌われたわけじゃなくて良かった。

 あとはもうひとつの気がかりを解決させるだけ。貴子も倉庫に行ったひとりだ。はやいうちに六道先生のところへ連れて行きたい。

「ねえ、たあこ。あのね」

「あやっち、私ちょっと行ってくる!」

 私の話も聞かずに教室を飛び出していこうとするので、あわてて腕を取った。

「ちょ、待ってよ! どこいくの? 一緒に行く」

 その時、一瞬だけど彼女の顔が嫌悪に歪んだのを、はっきり見てしまった。貴子はすぐに笑ったけど、それは私の胸に黒いシミのように残った。

「いいよ。一緒に行こ! 倉庫のあった所なんだけど、どうしても気になっちゃって! ほら早く!」

「待って、たあこ!!」

 腕を振り切って鉄砲玉のごとく教室を飛び出した親友を、私はあわてて追った。下手に鬼に憑かれた西川アキに接触でもしたら大変だ。今度こそ貴子を止めなきゃ。

 運良くも、階段を降りた先にある下駄箱手前で、貴子は足を止めていた。いや、止められていた。乾が立ちはだかっているところを見ると、登校してきたばかりの乾に貴子がぶつかっていったのだろう。小柄な彼女がぽかんと巨体の乾を見上げているようすは、小さな迷子と大人のようだった。

「たあこ、あそこに行かないほうがいいよ」

「こんな時間から学校を出て、どこへ行くんだ」

 乾が眉をひそめる。怒っているように見えるが、実は興味あることに耳をかたむける時の癖だと知ったのは最近だ。

「倉庫のあった所に行くって言うから」

「なに」

「だからこうして止めに来たの」

 乾は息をついて、貴子の両肩に手をおいた。

「中村。あそこへは近づくな。危険すぎる」

 乾ににらまれて硬直してるのか、貴子は視線をまっすぐに見つめ返しているままだ。

「気になるなら俺が見ておいてやる。中村はあそこには二度と行くな。いいな」

「わかった」

「よし」

 おとなしい返答に、乾は満足して貴子を解放した。その時、あわただしく乾の脇を会長が通り過ぎる。

「おはよ取井、中村さん! 乾もありがと。じゃあね!」

 会長の声に驚いたのか、貴子がしがみついてきた。

「たあこ」

「あやっち、なんか怖くない?」

 なにが、と言いかけたところで、乾の声に遮られた。

「あ、会長! ひとりでは危険です!」

「教室から出ないから大丈夫だよ! 昼休みは六道先生んとこに行くから! 今日、日直なんだ。急ぐからごめん!」

「会長!」

 私たちは廊下の雑踏に紛れていく会長と乾を、ぼんやり見送った。朝から元気だなあ。

「ねえ、あやっち」

「ん?」

「吉備くん、なんか変じゃなかった? 変な物持ってるような気がしたんだけど」

「なにそれ。そんな感じは全然しなかったけど。それよりたあこ、乾ににらまれて怖かったんでしょ? あんな怖い顔でにらまれちゃ怖いのも無理ないよ」

 貴子は真顔で首を振った。

「ううん! 大丈夫! 乾くんは全然怖くないよ! すごくびっくりしただけ。おっきいよねえ。なに食べたらあんなにでかくなれるんだろ。図体ばかりでかくて無駄飯食いっていうやつ?」

 楽しそうに笑う貴子を、私は信じられない気持ちで見た。こんなことを言うタイプじゃなかったのに。

 でも私はすぐ気を取り直した。誰でも理由もなく不機嫌な時ってあるしね。無理矢理自分を納得させて、私は話題を変えることにした。

「そうだ。たあこ、あとで六道先生の所に行かない?」

「誰それ」

「あの時助けてくれたお坊さん。カウンセリング室にいるの」

「ああ。私、パス!」

 貴子の意外な返事に、私は耳を疑う。なにが気に入らないのか、露骨に不快そうな顔ではっきり断るとは思わなかった。いつもならすぐ取材体勢になっていたのに。

「そ、そお?」

 始業ベルが鳴った。ホームルームが始まる。

「あ、もう。時間なくなっちゃった。あやっちのせいだからね!」

「ごめん……」

 私は複雑な思いをかかえながら、ふてくされる貴子のあとを追った。やっぱり嫌われちゃったのかな。なんかすごく、つらい。

 だけど休み時間ごとに話すたび、私が嫌われたのではなく、貴子が不機嫌なだけだと思うようになった。すべての話題について、言葉の隅にトゲがあったからだ。

「今朝は本当、まいったなあ。会長、絶対ヤバイって。絶対なにか隠して持ってるよ。やだなあ、近づきたくもない」

「ふうん。私は全然気づかなかったけどな」

「あやっちは鈍感だからね。あ、霊感も本当は無いんでしょ。鈍感で霊感もないんじゃ壊滅的じゃん、あはは」

「たあこ、なんかひどい」

「うそうそ! 冗談だって」

 傷つける言葉を笑いながら言うなんて、貴子じゃない。このさい、怒らせて嫌われてもいいから、親友に一言注意したほうがいいだろう。とにかく会長のことを悪く言ってほしくない。私は勇気を出して、貴子に言った。

「ねえ。そんな言い方するなんて、今日のたあこ、変だよ」

 しかし貴子は怒るどころか、あざ笑って返した。

「なに良い子ぶってんの、あやっち。気持ち悪いことしないでよ」

 お昼休みには、別人のような貴子にすっかりついていけない私がいた。

 教室で一緒にお弁当と食べたあと、貴子は用事があると言って教室を出ていった。どこかへいく貴子の背中にほっとする自分が、なんだか悲しくなる。生徒会室に行っても気が晴れるどころか疲れが出て、応接テーブルに突っ伏したまま動く気すら起きない。

 お茶をまずそうにすすった時、佐々木亭がキーボードを弾きながら聞いてきた。

「取井ちゃん。中村が昨日からどこ行ってるか知らない?」

「え。お昼食べたら教室出てったよ。取材じゃないの?」

「そうなのかなあ。小林がさ、言ってんだ。副局長がぜんぜんつかまらないって。仕事が貯まって大変みたいだよ」

 小林というのは新聞局の局長だ。貴子は取材なら局長に必ず所在を伝えていく。忙しいとばかり言ってるから取材かと思っていたけど、局の仕事じゃないとしたら、貴子はどこへ行っているのだろう。

「じゃあ取井ちゃんから伝えておいてよ、小林が叫んでるってさ。いい?」

「いいよ。でもどこ行ってんだろ……」

 ふいに寒気が走った。はやく貴子をカウンセリング室に連れていこう。

 放課後、さっそく話をもちかけてみた。でも貴子は露骨に嫌がった。

「行きたくない、やめとく。お坊さんのくせにカウンセラーなんてうさんくさいじゃん」

「でも取材まだなんでしょ」

「取材なんかしないよ。あの人、先生じゃないし」

「事務員も職員だって言って取材してたの、たあこでしょ」

「とにかく気が向かないんだもん。じゃあね」

「貴子、いつもどこ行ってんの? 局に行ってないらしいし。局長叫んでるって。いつもどこ行ってるの?」

「え……。外、だったかな」

 ふいにうつろな目つきになったが、貴子はいきなり私にかみつくように怒った。

「ったく、さっきからうるさいよ。どこに行ったっていいじゃない。私は忙しいの。あまりしつこいと、いくらあやっちでも許さないからね!」

 そう言うと、貴子は怒り肩で廊下の雑踏に消えていった。

 私は取り残された気分で立ちつくした。特に最後の言葉は、心に重くのしかかっていた。親友に憎まれたり許されないなんて状況になったら、私は死んでしまうかもしれない……。

 貴子のどこかおかしな様子は、その後も続いた。

 まず、カウンセリング室を極端に避ける。話にすこしでも出たら、逆鱗に触れたように怒り出す。六道先生にいたっては聞くに堪えない罵詈雑言が出る始末。聞いている側も閉口するほどだ。

 そしてあいかわらず会長を見たら、怯えた表情で逃げだし、そのまま姿を消したと思ったら、ひょっこり戻ってくる。どこへ行っているのか聞けば、忙しいとしか答えない。気がかりなのは、日に日に彼女の頬がこけ、顔色も青白くなっていっていることだった。

 玄関で乾にぶつかってから三日も経った頃には、以前の明るく元気だった彼女の面影は薄く、口を開けば六道先生と会長の陰口という状態になっていた。


 週明けの放課後、私はカウンセリング室にいた。鬼の話ではない。手の施しようがない貴子との仲をなんとかしたくて、六道先生からアドバイスをもらいたかった。

 校内カウンセラーは話を聞いて苦笑した。

「実は俺も避けられてるんだ。廊下の端と端で会っただけなのに、一目散に逃げていったよ」

「でしょうね。すごく嫌がってるもん」

「さっきの話によると、中村は取材班みたいなことが好きみたいだな」

「突撃レポーターとかやるの大好きみたい。万引き疑惑の子が出た時、たあこったら職員会議に飛び込んでいったんだから」

 六道先生は大笑いした。

「なかなか度胸あるな。それならどんなタイプにでもぶつかってくだろう」

「そ! 今回の生徒会発足の時なんか、怖いって言いながらもちゃんと乾に取材してた」

 先生は顎をなでながら遠くを見た。

「じゃあ今の様子はどう考えても変だな。突撃レポーターが、来たばかりの俺に会う前から避けているのは考え物だ」

「ですよね」

「……もしかしたら」

 なにやら含む物言いに、私は顔を上げる。

「取井。吉備にやった珠があっただろ。なにかあったら、珠を中村に押しつけてみろ」

「それってどういう……まさか」

 身体にふるえが走った。

「うそ。だって、いつそんなこと!? たあこが憑かれるはずない!」

「落ち着け。これは鬼憑きとは違う。吉備のように、操られてるのかもしれない」

「でも目が金色じゃないし」

「ああ。ただの性格の変化ということもあるな。しかし寺や俺を毛嫌いする理由も、鬼や魔物に操られているならば納得がいく。人を不快にさせることばかりするのも、な。それに吉備を嫌がる理由は、あいつが持っている数珠の珠のせいとも考えられる。見てもいないのに、吉備がなにか持ってると言ったんだろ。目の色だって術によっては隠せるんだからな」

 次第に鼓動が早くなる。どうしよう。

「先生」

「俺は協力できないぞ。下手に近づいて声をかけてセクハラ呼ばわりされてみろ、その瞬間からここに居られなくなる。そういうわけで俺は接触不可」

「じゃあどうしたらいいんですか」

「ここに連れてこられないなら、お前らでなんとかするしかない。取井なら中村と手をつないだりできるだろ。珠を皮膚のどこでもいいから押しつけてみろ。嫌がるなら操られている証拠。珠から逃げるようなら、それこそ押さえつけてでもやれ。妖術が解けるはずだ」

「はい」

「俺は今から学校を出ないとならない。行くところがあってな、明後日の夜には寺に戻る。寺の番号と俺のケイタイの番号は教えたよな。もし来るようなことがあれば、前もって電話を入れてくれ。それから、ここの鍵を預けておくから、学校にいる間に鬼が出たらカウンセリング室に避難していろ。ここには寺と同じような結界が張ってある。鍵は学校を出る時は職員室に戻してくれればいい」

 私は託された小さな鍵をぎゅっと握った。

「先生」

「ん?」

「たあこ、大丈夫かな」

「大丈夫だ。操られているだけなら、本人は衰弱はしていても死にはしない。祓ったあとは吉備の時とおなじで、ゆっくり休ませてやれ」

 まだ不安が残る私を、先生は、ほら行けと背中を軽く押した。

「大事な親友なんだろう。お前が助けてやれ」

 私は決意を固めて、うなずいた。

 六道先生は、がんばれよと言って職員用玄関へ向かっていった。残ったお線香の匂いが心強く感じた。


 生徒会室の扉を開けるなり、遠藤の怒鳴り声が響いた。

「文句あるならはっきり言えよ!」

「文句なんかないって言ってるじゃない! ただあいつに出ていってほしいだけよ!」

「ここは生徒会室だぞ、出てくのはそっちだろうが!」

 テーブルをはさんで立っている貴子も、負けじと言い返す。いつから貴子が来ていたのかわからないが、貴子の会長に対する態度が原因で喧嘩になっているのはあきらかだ。

 貴子は生徒会長の席に座っている人物を指さし、指されたほうは気まずそうに見つめ返していた。佐々木亭はいない。今日は塾がある日だったかもしれないが、なんにせよこの場にいなくてよかった。

「中村! やめろ!」

 乾が間に立っても貴子はひかず、ポニーテールを乱して声を荒げる。

「うるさい、どけ! 私は変なものを隠して持ってる奴に消えてほしいだけなんだから!」

 貴子は乾を押しのけて会長に向かう。

「あんた。ずっとポケットになにか入れてるでしょう。私知ってるんだから。気分悪いのよ! そんなもの捨ててよ! 趣味悪いんじゃないの?」

 一歩引いた位置で観察しながら、私は操っている鬼に怒りがこみあげてきた。こんなの、絶対に貴子じゃない。貴子は自分の気分悪いからと、ひとに消えろなんて言う子じゃない。

 貴子はひとを傷つけない言葉を知っている、元気で明るくて、私の自慢の親友なんだから。私をたすけてくれた、たったひとりの大事な友達なんだから。鬼の好きになんかさせないんだから!

 私は声の限りに叫んだ。

「たあこ!!」

「うるさい!!」

 憎しみに歪む貴子の顔を見るのはつらかった。だけど、手の中の鍵を握りしめてにらみ返す。

「会長は確かになにかを持ってるよ。六道先生から預かったとき、私も見たもん」

 貴子は殊勝な笑みを漏らす。

「やっぱりそうだ。やっぱり隠してた。隠し事なんて卑怯じゃない」

「たあこは、それが怖いんでしょ。しかたないよね。鬼に操られてるんだから」

 表情が消えていく貴子から、会長に目をやる。乾がすばやく会長の前に立ち塞がった。

「会長、先生からもらった根付け、出して。あの珠で祓えるって先生が教えてくれた」

「マジでそうなのか!?」

 目を剥く遠藤に、貴子があわてて取り繕う。

「なに変なこと言ってんの。頭おかしいんじゃないの?」

「いつからたあこを操ってるのよ。返して」

 私が一歩進むと、貴子は一歩下がった。そのまま生徒会室の隅に追いこみ、貴子は私を恐れて壁に背中を貼りつかせる。さっきとはうってかわって、肩を小さく縮こませ、涙目まで見せて。

「あやっち……」

「たあこを今すぐ返して!」

「取井!」

 会長が学ランの内ポケットから赤い珠のついた根付けを出した、その時。

 貴子が私の横をすり抜けて、会長の右腕に飛びついた。

「うわっ!?」

 会長は右腕を取られてバランスを崩し、赤い珠が床に落ちる。遠藤が取ろうとするも、貴子の足がそれを蹴りとばし、珠は本棚の下へ滑っていった。にやりと笑う貴子の左目が金色に変わるのを、私は見逃さなかった。

 貴子が会長の腕を放した時、乾が彼女を突き飛ばした。貴子はソファーに背中から倒れ込み、乾が上から全身で覆い被さった。小柄な貴子はすっぽり入ったが、乾の腹を蹴りつけ身体を反らせてはうなる。空を掻く手を取ろうとしたら、爪が私の手の甲を裂いた。

「たあこ、たあこ!」

 遠藤と会長が本棚下に向かう。

「乾! そのままそいつを押さえてろよ!」

「あった! 取井、頼む!」

 珠は幸い指の届くところにあったらしい。会長が拾うなり、私に放り投げる。受け取った根付けは埃がついていたが、頼もしい赤色に光っていた。これで貴子は元に戻るはず。

「乾、いくからね!」

「急げ!」

 乾の肩あたりから覗く貴子の額に、赤い珠を押しつけた。

「があっ!」

 一瞬、貴子の背中あたりの影が揺れて、湯気のように散ったように見えた。

 貴子の力が抜けていくと同時に瞳は元の黒い瞳に戻り、そして、目を閉じた。

 間をおいておそるおそる珠を離し、被さっていた乾も身を起こす。

 遠藤が顔を出した。

「……抜けたか?」

 静かに寝息を立てる貴子を皆で囲む。

「たぶん……。なにか抜けたのが見えたから」

「よし!」

「よっしゃあ!」

 乾が拳を作ってうなずき、遠藤はバンザイをした。会長は壁に寄りかかって額を拭う。

 私が胸元で握ったままの珠は、すこし熱く感じた。


「乾に横四方固めを食らっちゃ操られていても動けねえよな。それにしても、技かけるの早かったな! バババッて!」

「家が空手道場だからな」

 納得しながら、ソファーに横たえられた貴子に乾の学ランをかけてやる。一番大きいからバスタオル代わりにちょうど良い。

 親友の青白い寝顔を見ていると涙がにじんできた。貴子、ごめんね。もっとはやく気づいてあげればよかった。

「どうしてたあこが操られなくちゃならなかったのかな。たあこ、なにも悪いことしてないのに。どんな目的で操られてたのかな。私たちを喧嘩別れさせるため?」

 遠藤が顔を出した。

「そりゃあ、あれが嫌いだったんじゃねえのか」

 会長が胸ポケットに手をやる。さっき返した根付けが入っているのだろう。

「僕も考えたんだけど、もしかしたら、これを手放させるのが目的だったのかもしれない。これがあるから僕が見えていないんだろう。手放せば見えるから……。中村さんには悪いことしたな。僕のせいだ」

「鬼のせいだよ」

 すぐ訂正した私に、会長は、そうかと笑った。

 貴子が身じろぎしたので、私たちは一斉にのぞき込んだ。親友は目を開けるなり小さな悲鳴を上げて、かかっていた学ランで顔を隠す。

「なに……私、どうしたの」

 おそるおそる尋ねる。

「たあこ……覚えて、ない? 遠藤と喧嘩したのも?」

「なにそれ! 私いつ、そんなことしたの?」

 目を剥く貴子に、遠藤が笑いかける。

「喧嘩じゃねえよ。なあ、乾」

 うなずく乾に、貴子は首をかしげた。

「乾くん、学ランは?」

「中村が持っている」

 貴子は言われて握っている物を見て、真っ赤になって学ランにしがみついた。

 会長が貴子に手を差し伸べた。その手にはあの根付けも乗っている。

「大丈夫? 起きられる?」

「ありがと、会長」

 貴子は自然と手を取り、身を起こす。

「あれ。この赤いの、御守り? なんか良いね。ヒビ入ってるのがもったいない」

 言われて見ると、赤い珠に線が一本入っていた。

「そうだ。たあこ、このあとカウンセリング室行かない? 先生はしばらくいないけど、鍵預かってるんだ。スコーン食べて帰ろ」

「あ、カウンセリング室行きたい! すごく行きたかったんだけど、なぜか行けなかった気がするんだよね」

 貴子はソファーから立ち上がろうとしてふらつき、また座り込んだ。

「なんかものすごく立ちくらみがする……」

「じゃあ乾におんぶして行ってもらったらいいよ。行こう」

 会長の提案に乾は目を剥き、貴子は目を輝かせた。

「じゃあお願い! ねえねえ、乾くんがこれをかけてくれたんだよね? 私、倒れたとかして、乾くんが抱き上げて運んでくれたんじゃない? そうでしょ? なんとなく抱きしめられたの覚えてるんだもん。でしょう!?」

 それがナントカ固めという寝技だったということは、一生黙っておこう。

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