10-4 命の、その先
「
悲鳴に似た声が響いた。レイリィだ。観客席から身を乗り出し、右手を高く掲げている。そこからは竜巻が巻き起こり、玉座に向け飛んでいるところだ。国王寸前で呪力砲弾を捕らえると、竜巻が上空高く舞い上がる。
砲弾の炸裂する、大きな音が響いた。
「そうか……」
――生命力が枯渇して、あと一発くらいしか撃てないって、言ってたもんな。大丈夫だろうか、レイリィ……。
『キキキ、キイッ』
不気味な声で、化物が悔しがっている。中央のスケルトン部分だけが、音を立てて回転した。濁った瞳で、「サミエル」が伊羅将を睨んだ。
『伊羅将。ここ殺すすすス』
「もうよせ。サミエル。お前は利用されてるん――」
『ここコロすす』
対話する気はないようだ。……というか多分、聴覚機能は持たされていない。設計者は、無慈悲な殺戮マシーンとして「サミエル」を創ったはず。説得される可能性の出る、聴覚など潰すに違いない。
それに見たところ、人間としての自覚すら、もうないようだ。あったら、惨めな自分の姿に動揺して、戦闘どころではないはず。おそらく、死の際に心を満たした、世界すべてに対する憎しみの感情だけが、生き残っているのだろう。
『死ねええエィ』
「うわヤバっ」
走って逃げた。なにせ相手はロボット。刃など歯が立たないので、斬られることを恐れていない。とにかく間合いを詰めて斬りつけようとしてくるはず。しかも長剣を四振りも装備している。ひとつを受け流す間に、他の剣での斬撃を受けるのは見えてる。
「伊羅将っ」
跳躍して、ロボットの背後からリンが蹴り込んだ。バランスを崩して倒れたが、剣を地面に着くようにして、すぐ起き上がった。スケルトンが回転すると、今度はリンを追いかけ始めた。
「こいつ、けっこう厄介だぞっ」
逃げながら、リンが叫んだ。剣四振りの牽制効果は段違いだ。周囲を取り囲んだ近衛兵も、手を出しかねている。
見ると、周囲の混乱はもう収拾に向かいつつある。王族や上位貴族のほとんどは誘導されて避難を完了している。「反乱組」も、一部が倒され、多くは捕縛されつつある。まだ剣を振り回しているのは、捕縛されれば極刑は免れないと知っている、伊和とその取り巻きだけだ。まあ、時間の問題だろう。
「あとはこっちだけか。しかしこれは……」
「隊長、伊羅将、リン――」
「周囲を取り囲んで、一気に攻めよう。しょせん剣四本。対応できるのは最大四人だ」
「おうっ」
近衛隊長が腕を振ると、近衛兵がぱっと散った。五メートルほど離れ、ロボットを取り巻く円環を形作る。応じて、伊羅将も適切なポジションを取った。
「十六人はいる。一気に攻めれば、死ぬのはせいぜいふたりで済む」
「おうっ」
「極楽浄土行きは俺がもらう」
近衛兵が、口々に叫んだ。
「だが闘鑼、どうやって倒す。相手は金属だ」
「多人数の攻撃に対処している間に、俺が、このモーニングスターで叩き潰す」
赤熱し、離れていても熱さを感じるモーニングスターを、闘鑼が振り回した。
「フルプレートの鎧を潰すのと同じさ」
「よし。その作戦で行こう」
隊長がまた腕でサインを出す。取り巻く円が三メートルほどに縮まった。スケルトンが頻繁に回転し、ロボットの「頭部」が周囲に目を配っている。憎しみに歪んだ瞳で。
「いいか。三カウントだ。三、二、一。行けっ!」
全員、大声を上げながら、ロボットに迫る。近衛兵はさすがに速い。もう直前まで到達し、長剣を大きく振りかぶっている男すらいる。斬撃に対応して、ロボットの剣がそちらに動く。横から背後から、全員が突入した、その瞬間――!
「バカンッ!」
スケルトン部の下の隠し扉が、三六〇度、一気に開いた。紫色の煙が噴出する。激しい勢いで。
「逃げろっ」
隊長が叫んだ。踏み出しが遅れた伊羅将は、あわてて戻った。
「くそっ!」
闘鑼が唸った。
「毒だ」
退避が間に合わず、数人、地面に倒れていた。喉をかきむしるように苦しみ、口からは血の混じった泡を吹いている。特別頑丈な重甲冑姿の近衛兵ばかりだった。とっさの退避が遅れたのだろう。隙を見て、仲間がひきずって戦闘ラインから遠ざけた。
『クヒヒッ』
残忍な笑みを浮かべて、奴は喜んでいる。またスケルトンが回転すると、ロボットは、伊羅将に向かって跳躍してきた。
「ヤベえ」
逃げながら考えた。飛び道具たる「呪力ミサイル」発射後、剣だけになったのには理由があるってことか。飛び道具がなければ敵は剣の間合いに近づく。そこで毒を撒いて倒すって寸法。自分はロボットだから、毒なんか関係ないし。
卑劣な敵がいかにも考えそうな、邪悪な兵器だ。
「キモいぞ、お前っ」
リンだ。また背後から蹴ってロボットを倒した。が、また毒ガスが噴出して、あわてて逃げている。
「この野郎。――どうすりゃいいんだ」
――あそこ シークレットパネルの奥――
「えっ?」
花摘丸の声に促されて観察すると、毒ガスが噴出した部分の奥に、最下部からスケルトン部へとつながるパイプが見えた。
――頭部と生命維持装置が繋がってるに違いない 呪力神経系かな――
「よしやるか。俺はいつだって『ダメもと』だもんな」
花音を救った聖地での一対数千の戦い。そして先ほどのリンとの殺し合い。すべてそうだ。力もなにもない自分は、死んでもともと。花音やレイリィ、父さんには悪いけど、死んだらそこまでの運命ってことさ。
そう考えると、気が楽になった。気が楽になれば、力だって充分発揮できる。
なにせ物部家は、命が縮まっても淫魔と契約したという、超楽天的でテキトーな「エロ野郎」の系譜。もうこれは、レイリィと契約した吉嗣はじめ、代々の祖先に感謝するしかないかもしれない。
「みんな聞いてくれ」
伊羅将は叫んだ。
「近づくときだけ、息を止めるんだ。四方からこいつを牽制してくれ。攻撃は、俺と闘鑼。闘鑼はとにかく叩き潰せ。俺は、頭の下の急所を刺す」
「急所?」
「サミエルの頭。その下が多分、弱点だ」
「わかった」
全員、頷いた。隊長がまた腕を振って、フォーメーションを指示する。それに従い、数名の近衛兵が息を止めて突撃した。毒ガスの霧に包まれてロボットの剣と刃を交わし、さっと引く。瞬時に第二陣が突撃――。見事なコンビネーション。さすが、配属替えがなく長年戦友と心を通じ合わせる近衛兵だけある。
「伊羅将、俺が先だ。こいつは危険だからな」
重いモーニングスターを、闘鑼が掲げてみせた。
「潰すときに弾かれ、お前に当たるかもしれん」
「巻き添えは嫌だな。サミエルと心中なんて」
大声で、闘鑼は笑った。
「お前もわかってきたな。戦場の命の輝き――戦意高揚って奴を。……いいか。近衛兵のリズムを見て、一瞬の隙を突くんだ」
クラゲの脚のように狭まり、また広がる近衛兵たち。その脈動の合間に、闘鑼が踏み込んだ。重いモーニングスターを抱えた巨躯で、信じられないほどの素早さだ。
気づいた「サミエル」が、剣をひと振り、闘鑼との戦闘に割く。ブンと唸りを上げた鉄の塊が、その剣を腕ごと叩き潰した。その勢いのまま、頭部に直撃させる。……だが潰れるどころか、頭部には凹みも傷ひとつすら付かなかった。衝撃を受けて、四つの脚部がぐっと踏みしめるかのごとく関節を曲げたが、モーニングスターはそのまま胴を撫でるように滑り落ちて、地面に大きな穴を開けた。
「くそっ。呪力金属だ、こいつ。金がかかってやがる」
闘鑼の呪詛を聞きながらも、伊羅将は、すでに踏み込んでいた。地面に向かうモーニングスターのすぐ脇をすり抜け、真横に向けた花摘丸の刃を、急所に向け、逆手で体ごと突入させる。
だがその瞬間、真横の剣が両サイドから、こちらの頭上に向かうのが、毒の煙を通して、視野の端に映った。突き通してからの退避は、間に合いそうにない。
――やってやる!
危険を告げる闘鑼の吠え声が聞こえたが、そのまま刃先を食い込ませた。体重を乗せて押し込む。ぐいっと、硬いチーズを切るときのような感触があった。頭上から轟音が聞こえ、脇を剣が落ちてきた。おそらく闘鑼がまた、剣を潰してくれたのだ。
「うわっ」
なにか熱い液体が噴出し、顔に飛び散った。メロンソーダのような色で生臭く、目に染みる。花摘丸はパイプを両断した。裂け目から噴出しているのだ。
引き抜くと、地面を転がるようにして逃げた。とにかく毒ガスから離れなくてはならない。ロボットの剣だって、まだ二本、生きているはずだ。
『ゲゲゲゲゲ ゲゲロ』
声とも機械音とも取れる、奇妙な叫びが上がった。
『おのれ、伊羅将。またしても俺様の……世界征服の夢を』
がくんと、金属の脚が折れ、ひざまずくような形となった。斜めになった胴体、その中で、サミエルの瞳が憎々しげに歪んだ。緑の液体と毒ガスが、激しく噴出している。頭部を包む透明の液体も、下部から流れ出している。液中でゆらゆらと揺れていた頭髪も、今は頭と顔面をべったりと覆って。まるで怨霊のようだ。
『お、俺様の……夢……せせせか』
さらに脚が折れ、ロボットは静止した。墓石のように屹立している。
『おおおれは……サササミエ……』
そこで事切れた。毒ガスも液体の噴出も止まっている。
「伊羅将」
リンが抱き着いてきた。
「平気か」
「ああ」
強がったものの、目が痛い。毒とまでは行かないだろうが、体に優しい液体というわけでもなさそうだ。それに腹だってじんじん痛む。
「衛生兵を呼べ。まず重傷者。次は
矢継ぎ早の、隊長の指示が聞こえる。
「じっとしてろ」
まぶたを指で開くと、リンが眼球を舐めてきた。優しく。
リンの体を感じる。滑らかな体毛に包まれた、柔らかで女性らしい体を。心のように温かい。
これでもう、無慈悲で無意味な殺し合いなどしないで済む――。思わず、抱き締めてしまった。
両目を舐め終わったリンが、動きを止めた。
「なんだお前、あかちゃんみたいだな。腹がけっこう痛いはずなのに、甘えてくるなんて……」
甘い声だ。
「ほら。こうしてほしいんだろ」
和毛に覆われた胸で、頭を抱いてくれる。
「お前は、あたしにとっても英雄になった。……好きなだけ抱いてやる」
耳元に、唇を近づけてきた。
「なんならここで、胸を吸ってもいいぞ。せっかく裸だし、どうせ誰も見てやしない。ほら……」
体を微妙にずらしてくる。くすくす笑うと、リンの体も揺れた。赤子をあやすように。
【お知らせ】
次回エピローグ。
伊羅将が「一生の大恥」をかいて完結ですw
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