09 夢ナースレイリィと「陰謀の嵐」

09-1 夢ナース・レイリィの「ミッション・インポッシブル」

「うわっ。超疲れるんですけど。……なにこれ」


 夢の外側、真っ白な世界で、レイリィは溜息を漏らした。


 まだ夢の世界に出てはいないというのに、外縁に到達するだけで、異様な疲労感がある。


「部族のタブーになってるわけだわ。ヒト以外の夢に出たらいけないって」


 仙狸せんりたる自分にとって、人間の夢に出るのは楽勝だ。しかしそれ以外となると、極めて難しい。まず夢の世界を感知して、そこに潜り込むのが困難だ。それにたとえ成功しても、極端に生命力を消耗する。


 実際、もう死にそうな気分だ。体内の生命力ストックが枯渇寸前になったことを感じる。


「もうあれだよね。エッチが怖いとか言ってる場合じゃないよね。死んじゃうもん」


 このミッションを終えたら、なにがなんでも、伊羅将いらはたと関係を持たないとならない。エッチなことをしてもらって生命力を大量に補充しないと、おそらく来月を待たず、自分は命を失ってしまう。


 生命力枯渇の秘密を、陽芽は知っていた。それでもあえて頼んできたのだ。伊羅将を侮辱した例のネコネコマタ、ハリマ族の龍造寺諌早りゅうぞうじいさはやの夢に潜って、ハリマに陰謀があるのか探ってほしいと。


 伊羅将を助けるためなら、自分の命が危険に晒されてもかまわない。それは自分の気持ちでもあったので、快諾した。……だがこれほどの難行とは思っていなかったのもたしかだ。


 夢に出るどころか、もう戻りたいくらいだったが、レイリィは気力を振り絞った。伊羅将のために。


「さて……と」


 顎に指を置いて考える。どんな手でいこうかと。


 サミエルのときは美少女人形をたくさん出して、エロ攻撃で口を滑らせた。でもなんだか、相手にいい思いをさせるのは、たとえ夢とはいえ不愉快だ。


「学園ストーキング連続殺人事件のときのパターンでやるか。楽しかったし」


 夢探偵レイリィとして、学園ストーカーをこらしめた。あのときはリン共々、女王様となってSM懲罰した。まあ、相手がMに目覚めるといったアクシデントもあったが、手段としては悪くない。


「今回はバディーのリンちゃんもいないし、謎の女王様でなく、素の仙狸で行こうかな。相手は仙狸大嫌いだもんね。嫌いな相手に責められる屈辱……って線でさ」


 ぱっと手を振ると、ゲーセンにある体感ゲームが登場した。「チューチューアタック」ゲーム。木のウロの巣穴からちょろちょろ出てくるネズミをハンマーで叩く、モグラ叩き的な奴だ。


「こいつをアレンジして……っと」


 デフォルメされたかわいいネズミを、悪夢に出てきそうなリアルモンスターマウスに変換する。不潔な外観で口が大きく裂け、鋭い牙が覗いていて、目が血走っている。咬まれたら指くらい食い千切られそうだし、危険な菌をいっぱい持っていそうだ。ついでに木も邪悪な精霊ぽく造形して。


「マジカルマジカルー、夢探偵……じゃないか、今日は。えーと……マジカルマジカルー、夢ナースレイリィ、夜の世界に登場よっ!」


 特に不要なのだがアニメの呪文ぽく唱えると、舞台装置と自分込みで、レイリィは諫早の夢に介入した。


         ●


「こっここは!?」


 龍造寺諫早は、あたりを見回した。手術用と思しき簡素なベッドに寝かされている。周囲は真っ白。なにもない空間。手も足も、手錠でベッドに拘束されていた。


「なんだこれ。ここどこだ」

「はいはい、騒がないの」


 ナース姿のレイリィが微笑んだ。


「あらまあ。お子ちゃまかしら、この患者は」


 諫早は車プリントのガキっぽいパジャマ姿。頭に幼稚なナイトキャップまで被っている。


「おっお前。仙狸野郎だな」

「あら覚えてたんでちゅかー。いい子いい子」

「ほどけっ。どこだここ。俺様を誘拐したのか」

「うるさいなあ……。せっかくナース気分出してるのに」


 気分を害したレイリィは、ほっと息を吐いた。


「ならもう、ちゃっちゃとやるか。ほら、吐きなよ。誰が伊羅将くんをいじめてるのか」

「はあ、伊羅将? あのニンゲン野郎か」

「あんたがやらせてるんでしょ。リンちゃんとの決闘」

「知るか。ほどけっ」

「わあ。嘘つくの下手」


 諫早の瞳が、それを語っていた。


「嘘なもんか」

「んじゃあ、体に尋ねてみようかなあっと」


 ベッドの背を少しだけ起こして、足元にあるゲーム機を見せた。おどろおどろしい妖樹が突っ立ち、ウロの奥に邪悪な瞳がいくつも輝いている。


「こっこれは」

「はい、チューちゃん、顔出してー」


 ネズミがぞろぞろ姿を現した。大口開いて、唸りながら牙を見せつけ威嚇している。


「やっやめろっ。お、俺はネズミが嫌いなんだ」


 冷や汗を流し始めた。


「あら。猫又のくせにネズミ嫌いとか笑える。まあ、ちょうどいいか。話さないと、オチンチン、齧られるからね」


 パジャマの下半分が消えると、諫早の下半身が丸出しになった。


「ひゃあーっ」

「女の子みたいに叫ばないの。それにしても、あらやだ……」


 思わず、含み笑いが漏れた。


「な、なんだよ」

「私さあ、根付を通して物部家のいろんな下半身見てきたけど……。なにこれ。シシトウかしら、大きさといい、形といい。それにホー――」

「うるさいっ」

「伊羅将くんの四分の一くらいのサイズかな」

「かっ観察すんな」


 泣きそうな声だ。


「さて、ちゃんと答えないと、自慢のシシトウ、チューちゃんにかじられちゃうよ」

「な、なにも知らない」

「あらそう……。そう来なくちゃね。せっかく準備したんだから、楽しみたいじゃん、はあ」

「よせっ」

「ゲームスタート! 自動コンティニューでねっ」


 レイリィの掛け声と共に、ネズミが動き出した。我先にと飛び出すと、諫早の下半身の寸前でガチガチ歯を鳴らす。バネに引きずられるように引っ込んだかと思うと、またすぐ飛び出してくる。


「ひゃあああぁーっ。か、かじられる」

「あら、小さすぎて届かないじゃない。しょうがないなあ……」


 冷や汗を流す諫早を、冷たい瞳で見つめてみた。


「試しに大きくしてみなよ。女の子のことでも考えてさ」

「ふざけんなっ」

「じゃあいいわ。はーい、チューちゃん、激オコモードに変更よっと」

「チュー」

「チュー」

「チュー」


 元気いっぱいの返事と共に、ネズミのこめかみに青筋が立った。口がさらに裂け、舌が蛇のようにヌラヌラ飛び出る。


「あっ、なにか触った。し舌だこれ。た、食べるな。かじらないでくれーっ」


 自分の下半身に殺到するネズミを見て、真っ青になっている。それの先から、チョロチョロと勢いのない液体が漏れた。


「やだ、漏らしてるじゃん。おねしょなんかして、情けないなあ……」


 レイリィは溜息をついた。


「もう見てらんないから、さっさとかじらせるか」


 瞳で合図を送ると、ネズミの一匹が、ついに下半身にかじりついた。


「ぎゃあーっ!」


 諫早の絶叫が響いた。


「言っとくけど、この子たち、病原菌の巣だからね。早く話さないと、下半身かじり取られるだけじゃなくて、そこから入った毒で死んじゃうかも」


「わ、わかった。なんでも話す。だからネズミを、ネズミをーっ」

「最初からそう言えばいいのに」


 さっとネズミが引く。木のウロに戻ったものの、諫早に憎々しげな視線を飛ばして唸っている。


「ほら。誰が伊羅将くんをいじめてるのさ」

「お、親父だ」

「あんたの父さんってこと?」

「そうだが、正確に言えば、伊和だ。伊和住吉いわすみよし

「誰さ、そいつ」

「ハ、ハリマ族ナンバーツー」

「なんでそいつが」

「それは……」


 時間を掛けて、レイリィはすべてを聞き出した。長く、ややこしい話だったが、要点ははこうだった。


 伊和はハリマ族長の地位を狙っているが、族長血族の世襲を覆すには強大な政治力が必要だ。そのため人類排斥を強く打ち出し、人類職滅派であるハリマ族内の歓心を買おうと必死に活動している。


 諫早の父親は、この伊和の腰巾着。諫早から情報を得て焚き付けられた父親は、「王族に取り入った奴隷」――つまり伊羅将を叩き出し、なおかつナベシマ族の団結を弱体化させる手法を考え出し、伊和に進言した。


 それが、ナベシマ族長会議内の間者を使い大海崎を脅して、リンと伊羅将を決闘させるシナリオだった。


「伊羅将くんとリンちゃんの決闘は止めさせな。でないと殺すよ」

「無理だ。……もう俺や親父の手は離れてる」

「んじゃあ、その伊和ってクズをやっつければいいのか。久しぶりに暴れるかなあ……。退屈だし、体もなまってるから」


 首を傾げて考えてみた。スカっとはするだろう。ただ問題は、大海崎から見て、伊和の陰謀が隠されている点だ。リンの父親に決闘を取り下げさせるには、はっきり目に見える形で、その陰謀を暴露しなければならない。


「……陽芽ちゃんに伝えて、王家に動いてもらわないとならないか」

「へっ。仙狸ごときに、なにができる」


 諫早は強がって見せた。濡れた下半身丸出しなんで、どえらく大笑いだが。


「あら。あんた私の力知らないわけ。本当にネコネコマタは……。爺さん連中に、仙狸の力を聞いとけっての」


 ネズミが一匹走り出ると、諫早の下半身にかぶりつく。


「ぎゅわあああーっ。タマが。タマがあーっ」

「あら。食い千切っちゃったか。……まあいいよね。もう一個あるから」

「お、お前も伊羅将も殺してやる。こっちには秘密兵器があるからな」

「なにさ、それ」


 勢いで秘密を漏らしてしまったのだろう。諫早は急に黙り込んだ。


「言わないと、もう一個も食べさせちゃうぞ。タマなしになるから……オネエとして生きてくといいわ」


 ネズミがちょろちょろ出てきた。下半身を舐め回す。


「よせっ。言う。言うから」

「最初から話せばいいって、さっきも言ったでしょ」

「よ、よくは知らない。噂を立ち聞きしただけで」

「んじゃあ、かじってもらうか。はい、チューちゃん」


 またしても悲鳴が響いた。


「次はいよいよシシトウだよ。どうすんの。話す?」


 ようやく白状した。どうも、伊和を筆頭とするハリマ内過激派が、死体を使った奇妙な兵器を開発中だという。それも、よりによって鷹崎サミエルの死体だという。


「サミエル? あんなお坊ちゃん、使い物にならないでしょ。別に強いわけじゃないし」

「へっ、強がっていられるのも、今のうちだぜ」

「あらそう。どっちが強がってるのか、見物だわ、はあ」


 ネズミがたくさん、穴から出てきた。なぜか巨大化している。


「んじゃあね。朝まで超絶悪夢が患者クランケ様をおもてなしよっ」

「よせ。よせーっ」


 ネズミに全身なぶられる諫早の悲鳴を後に残し、レイリィは消えた。夢の世界から。


         ●


 その頃伊羅将は、花音との甘い一夜を終え、ネコネコマタ王宮に向かっていた。闘鑼と最後の鍛錬をするために。


 決闘撤回期限まで、あと一日。

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