08-4 夜に来た花音

「なにせナベシマはネコネコマタ全体の戦闘時には、最前線に送られる。領地を長い間、空にする貴族が多いからな。隣合って小競り合いしている部族なら、よだれが出るほど欲しいはずだ。陽芽様がおっしゃるように、領地運営がうまい貴族が多いから、豊かな土地が多いし」

「お兄様の評判を落とし、人類憎しの気運をネコネコマタに充満させる。人類融和派の王家といえども、世論にはある程度配慮せざるを得ない。続いてお兄様を殺し、王家の人類婚姻路線を変えさせる。……ここまでは、人類殲滅派の希望と合致します」

「なんでそこに、大海崎家を巻き込んだかということですね。陽芽様」

「大海崎の領地を狙ってるんだろ。決闘にたとえ勝ったとしても、リンの心は大きく傷つく。世代が交代した頃にでも手を出せば、領地はあっさり落ちるかもしれん」


 決闘の結果、大海崎と他のナベシマには、心情的に大きな隔たりができる。領地を落としても、「大海崎ならいいか」で、ナベシマ族長評議会も侵略を許すかもしれない――。そう、闘鑼は続けた。


「特に、今回の陰謀にナベシマ族長評議会を利用していたとするなら、貸し借りの関係がすでにできてますからね。真の敵とナベシマ評議会が、遠い将来、大海崎排除のときに連携する可能性があります」

「さすがは文人閥クルメの名家、関屋の瀧さんですわね。なかなか優れた推察かと、感服いたしますわ」


 頼もしげに、陽芽が瀧を見やった。


「わたくしやお姉様の世代になったら、宰相をお願いするやもしれません」

「そっそんなっ!」


 いきなり、直立不動になった。


「宰相は、男子限定の超大役。ボクには無理です。それに没落貴族の弊家には、年間通して儀式の出費が正直厳しいです。儀式もろくにできない関屋が宰相になれば、それこそ全貴族に恨まれますし。あの……」


 緊張のあまり目を見開いている。


「国王がいいと言えばいいのです。ねえお姉様」

「うん。そうだね……」


 天井を眺めて、花音はなにか考えていた。


「瀧くん。今のは陽芽の冗談だよ。本気にしなくていいから」


 瀧が、ようやく肩を緩めた。


「で、ですよねー」


 すとんと座り込むと、お茶をぐびぐび飲んでいる。


「で、でも、陽芽様はいずれネコネコマタ女王になられるお方。冗談でもそのような軽口は――」

「わかっていますわ、瀧さん。お姉様の言うとおり、軽口が過ぎますね。失礼いたしました、皆さん」


 一同を見回すと、伊羅将に視線を戻す。


「ひとつひっかかるのは、お兄様と貴族決闘した相手がハリマ族なこと。手痛く敗れたので、あの男――誰でしたっけ――は、お兄様に特に遺恨を抱いているかと。今回の陰謀がハリマだとすれば、先ほどの仮定と、なにかと筋が繋がります」

「じゃあなにか、あの龍造寺諫早りゅうぞうじいさはやとかいうクソ野郎が企んだってのか」


 底意地の悪い諫早の顔を、伊羅将は思い浮かべた。


「いや。あいつはただの小物だ。でかい陰謀なんかできるはずがない」

「闘鑼。ではあなたはどう考えていますの」

「そうだな……」


 陽芽に問われ、しばらく唸っていた。


「あいつが口火を切ったのはあるかもな。負けた経緯や、そもそもなんで貴族決闘したかなんて、親元に逃げ帰ってから話すはずないからな。小物だけに。ただ伊羅将の悪評だけ捏造して盛りまくり、ネコネコマタのくせにニンゲンの応援をした大海崎リンを悪し様に言ったってのは、充分ありだ」

「龍造寺家がもしハリマの重鎮だったとしたら、ハリマ族長を焚き付けて陰謀を練り、実行に移すことは、ありそうですわね。――お兄様、最近、なにか陰謀の気配はありまして?」

「そうだなあ……」


 よく考えると、ここネコネコマタの異世界に深く関わるようになってから、ろくなことがない。全部陰謀に思えるくらいだ。まず貴族決闘。斥候にむりやり出された。斥候隊では、高杉たちに意地悪された。おまけに赫蜥蜴に咬まれそうになって、大海崎家からは叩き出された。なんだろな、これ……。


 伊羅将の話を聞くと、陽芽は首を捻った。


「改めて伺うと、どうにも、斥候隊の現場にも陰謀があったかもしれませんね。置いて行かれて妖怪に襲われたとか、なんだか臭います。その……高杉とかいう斥候の背景は、わたくしが調べさせておきますわ。それに、お兄様はお忍びで大海崎に向かわれたのに、なぜバレたのかも。大海崎からでないとすると、考えられるのは馬車の御者ですわね。あるいは、大海崎に間者が入り込んでいるか。いずれにしろ……」


 全員を改めて見回した。


「陰謀があるとすれば、それさえ打破できれば、大海崎は決闘申し込みを撤回するでしょう。わたくしたちの希望はそこに懸かっています。陰謀を止められなければ、どのような結末になろうと、悲劇が起こります。ここにいる全員にとって」

「そしてネコネコマタの未来にとっても、だよ。陽芽」

「そのとおりですわ。お姉様。わたくしよりひとつ大きな世界を、いつもご覧になっていますね。さすがです」


 姉の手を取った。続ける。


「とはいえ、決闘撤回には期限がある。それを超えては、もはやどちらの側からも撤回は不可能。それが二日後に迫っています」


 厳しい表情だ。


「ここでの話は、闘羅が言ったように、あくまで仮定です。おわかりでしょうが、絶対に口外しないように、皆さんにお願いします。わたくしは、今日の会議で見えてきた陰謀の筋を、急いで洗ってみます。お兄様は、今度こそ、勝手な行動はお止めください。それに剣術の鍛錬をお願いします」

「俺が鍛錬?」

「ええ。……闘鑼」


 戦闘部族闘鑼、唯一の生き残りに、陽芽は視線を移した。


「なるほど。伊羅将を鍛えまくるってことだな。万一に備え」


 闘鑼は頷いている。


「任せときな、姫様」

「どういうことだよ」

「万一の備えだよ。もし陰謀を暴けなかったら、決闘は避けられない」

「殺し合えってのか」

「そうは言ってないだろ。果たし合いでふたりとも生き残るには、運良く重傷で終わるか、相討ちしかない。だが故意に重傷止まりにするのは無理だ。誰からもミエミエだからな。そんな手抜きをすれば、トドメを刺せと野次られるし、刺さなければ勝者の名誉も地に落ちる」

「だから俺が訓練して、バレないようにリンを傷付けるってのか。それはごめんだ」

「逆だ」


 ぶっきらぼうな声だ。


「相手にやられたときに、ギリギリで急所を避けるために訓練する。瀕死の重傷であれば、トドメは要求されない。大海崎の娘だって、本心ではお前を殺したくないはず。だから果たし合いはそこで完了となる」

「なるほど。でもなあ……」


 伊羅将の心に不安が広がった。なんだかやたら難しそうだ。うまく行かず死んでしまう可能性のほうが、どう考えてもはるかに大きそうだし。しかし他に方策がないのも確かだ。


 唸っていると、花音に手を取られた。


「大丈夫だよ。イラくん。花音たちが、その前になんとか陰謀を暴いてみせるから」


 ――安心させようとしてくれてるんだな。


 少しだけ、心が安らいだ。


「わかった。騎士訓練だと思って取り組むよ。そっちの意味でも役立つしな」

「お兄様、さすがです」


 陽芽が微笑んでみせた。


「……それとレイリィさん」

「なに、陽芽ちゃん。決闘禁止の命令は出すなっての?」


 不機嫌そうに、レイリィは腕を組んだ。


「それならお断り。重傷で止める望みに賭けるなんて、危険すぎるし。そもそもなんで私がネコネコマタなんかの――」

「いえ。それはまだ先にご相談しましょう。この後、少しだけ残っていただけますか」

「いいけど、なによ」

「ふたりきりで、別件のご相談がひとつ……」


 安心させるかのように微笑んでいる。


「まあいいけど、はあ」


 レイリィは、こちらに視線を移してきた。


「んじゃあ伊羅将くん、先にあっちに戻ってて。今晩は寮にいててよね。あとで飲みに行くからさあ。夢の中のこともあるし」

「夢の中?」

「あーこっちの話だよ、陽芽ちゃん。気にしないで。あはははー」


 立ち上がると、照れ隠しのように、伊羅将を部屋から押し出そうとする。それにつられて、会議はなんとなくお開きになった。


 合議の間を出るとき伊羅将が振り返ると、陽芽は、いわく言い難い瞳で、こちらを見ていた。レイリィになにか耳打ちしながら。


         ●


 その晩、レイリィは寮に現れなかった。夢の中にも。寮母室の外扉がノックされ、レイリィがノックなんて奇妙だなと扉を開けると、花音が立っていた。白い部屋着で、大きなバッグをさげて。


 お話、しにきたよ、と、花音は微笑んだ。

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