08-3 陰謀の香り
「あれほど釘を刺したのに、お兄様ったら……」
陽芽が溜息を漏らした。
「ごめん。……どうしても、じっとしてられなくて」
例の王宮「合議の間」。陽芽に呼び出されて一行が揃っていた。自分と同行したからか、瀧も隣に席を得ている。
「今、世間は大騒ぎですのよ。お兄様が決闘相手に命乞いに行った。死ぬのが怖いから果たし合いだけは勘弁してくれと、泣いて土下座したと」
「嘘に決まってんだろ。そんなの」
「もちろん嘘と思っております。お兄様がそのような行動を取るはずがない。でも……」
じっと見つめられた。
「相手を事前に訪問したのは事実。前代未聞です。それを誰かに利用されて、あらぬ噂を流されたのですわ」
そもそも、ネコネコマタ王家の王位継承者は代々、しきたりでニンゲンと婚姻してきた。なぜ今の代だけ、これだけ大騒ぎになるのか。それは、ネコの間でニンゲン下僕排斥の動きが出たことが大きい。実際、そのせいで花音と自分は苦労してきたわけだし。おまけに自分はネコネコマタの宿敵たる仙狸のレイリィと契約する身。かつてないほど排斥の動きが激しくなっている。それが陽芽の見立てだった。
「くそっ。思う壺ってやつか」
「こうなるのが見えていたので、お止めしたのに……」
首を傾げて、なにか考えている。
「でもまあ……瓢箪から駒というか。噂を流したルートを洗うことができました。その意味では、お兄様の暴走も、それなりに意味があったのかも……」
「そうだろ。だから――」
「今のは嫌味が八割ですわ」
笑われた。
「お兄様も、このくらいの腹の探り合いには慣れて頂かないと。やがて王家に入ってからの政務が不安です」
「陽芽様。失礼ですが、
瀧は困惑しているようだ。
「いえ瀧さん。三年後の話です」
「三年後?」
「いずれおわかりになるかと……」
「は、はあ」
一同を煙に巻くと、陽芽が続けた。
「今、噂のおおもとを探っているところです。とりあえずはっきりしたのは、出どころが大海崎ではないということ。別ルートです」
「たしかに……そうかもな」
伊羅将は思い返した。父親の
「陽芽様。あの方は立派なネコネコマタ貴族だと、ボクも思いました」
おそらく家名が懸かった、なんらかのプレッシャーに晒されているのではと、瀧は続けた。門番の言葉を、傍証として挙げた。
「私も聞いてたよ。根付を通して」
レイリィが口を挟んだ。
「リンちゃんのお父様の立場も考えてほしいって、門番は言ってたよ。決闘申し込んだ側なのに、そんなこと言うの、なんか変だなって思ったし、はあ」
「レイリィさんもそう思いますか」
お茶のカップを手に取ると、陽芽はゆっくりと味わった。
「いい香り。薔薇のように華やかで。たしかこれも、リンさん……大海崎家からの献上品でしたわね」
花音が頷いた。
「真心を感じますわ。このようなお茶を完成させるのは、並大抵の努力ではできません。大海崎は領民からも強く慕われていると聞きます。その証拠ですわね。それに……」
もうひとくち含んだ。
「リンさんは人類殲滅派、ナベシマ貴族の娘。……にも関わらず、お兄様やお姉様には、偏見を持たずにお付き合いなされた。そのような教育を受けているからでしょう。……となると、ご家族も立派な方に違いありません」
「厳しい決闘を申し込んできたのには、裏があるってことだろ、姫様」
闘羅は、例によって顎など撫でて、なにか考えている。
「クズどもの考えそうなシナリオが見えてきたぜ。あくまで仮定だがな、大海崎家には、なんらかの圧力が掛かっている。その圧力により、意に反して決闘を申し込んできた。圧力を掛けた勢力は、嘘八百の噂も流した。伊羅将、ひいては王家の権威を失墜させるために」
「考えられるのは、人類殲滅派ですね」
遠慮していた瀧も、ようやくお茶に口を着けている。
「……とはいえ、同じ部族、同じ人類殲滅派の大海崎を巻き込むでしょうか」
「人類殲滅派という見方だと、敵を見失うかもな」
「部族間の争いと考えるとどうかな」
血なまぐさい話が苦手な花音が、珍しく発言した。
「ナベシマは政務で何度も訪問したけど、武人肌で、素朴ないい人が多かった印象があるよ。族長から貴族の人たちまで。だから」
「ナベシマに、ついでにちょっかい出そうって腹か。だとすると……ナベシマの領地を狙っている、ビゼンかハリマあたり。いや……」
闘鑼が唸った。
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