06-5 宿敵、その名は伊羅将

伊羅将いらはた!? なぜさ」

「それはな、物部伊羅将への肩入れを巡り、当家が部族内で孤立させられているためさ」

「それは誤解だ。だって――」

「まあ聞け」


 リンを遮ると、淡々と状況を語り始めた。


 父親、大海崎和久羅おおみさきわくらはナベシマ族長を支える高級官僚であって、ナベシマ先遣調査隊統括の職にある。戦闘部族ナベシマでは極めて重要な位階で、名誉ある地位だ。


 地位をそねむ貴族連中からなにかにつけアラ探しされ、攻撃を受け続けていることは、リンも知っている。最近は特に、部族の決まりを無視し人類存続に寝返ったと責められていることも。そしてそれがもちろん、自分の行動がもたらした結果であることも。


「政はな、闘争だ。お前も知ってのとおり、ナベシマでは族長評議会が大きな力を持つ。ナベシマ族長ですら、その決定に異議を申し立てるには、それなりのリスクを伴う」

「知ってるさ、そんなの。でも――」

「族長評議会は、ここ一週間で、急速にその方向性を過激なほうに振り切った。……奴隷をネコネコマタ社会に受け入れるのは、祖霊に逆らう行為だと」

「それは王家、澄水すみず王の意向で――」

「連中も、そこをつつく危険性は知っている。だから王家を責めてはいない。『社会』と言ってるだろ」


 リンが黙ると、続けた。


「族長評議会で採決されたのだ。大海崎の家名を汚した物部伊羅将に一矢報いるべしと。それができない弱腰が家長であるなら、先遣調査隊統括の地位は相応しくないと」


 ナベシマ貴族として、族長評議会の決定には逆らえない。それはリンも痛いほど知っていた。


「でも伊羅将は、花音様の恋人だよ。悪の手から、姫様を救い出したんだもの。花音様の騎士で、名誉ある叙勲も受けている。それを殺すなんて、王家が認めるわけないじゃん」

「当たり前だろ」

「なら――」

「なあリン。これは果たし合いだ。部族の名誉や家名を懸けた決闘には、国王と言えども口は挟めない」

「だって果たし合いには、大義名分が必要じゃん。ただ殺したい、排除したいなんて邪悪な動機では――」

「殺したいからではない。排除したいからでもない。娘をたぶらかし、大海崎の名誉を汚した。それだけで十分だ」


 苦渋に満ちた表情で、父親は言い切った。


「それに評議会の条件は、戦うことだけだ。殺すことは必須ではない。殺すと言い切っては、王家の面子を潰して危険だからな。……悪知恵の働く連中だ」


 そうかもしれない。しれないが、「果たし合い」の形を取るからには、まず間違いなく、どちらかが死ぬ。双方が同時に致命傷を追って動けなくならない限りは、決着を求められるから。


 もちろん評議会は、わかっていて命じているのだ。自分が伊羅将に負ける事態は、考えにくい。伊羅将を排除し、直接手を下したこちらを自責の念で苦しめる。大海崎家の団結にヒビを入れ、長期的には弱体化を謀る――。いかにも悪党の考えそうな、一石三鳥のシナリオだ。


「やなこった」


 リンは即答した。


「父ちゃんには悪いけどさ。なあ、あたしのことは勘当してくれよ。不肖の娘を捨てたってことにすれば、家名にまでは悪影響はないだろ。働いて、あたしはひとりで生きていくさ。大海崎の跡継ぎだって、養子でも取れば、それで解――」

「リン……」


 これまで黙って経緯を見守っていた母親が、口を挟んだ。


「そんなことは、とうの昔に、すべて検討済みです。どうしても戦わなければならないのよ。わかってちょうだい……」


 涙を浮かべている。


 リンは、母の境遇を思い返した。母親、大海崎ツカは、ナベシマとクルメのハーフ。クルメ貴族の落とし胤であって、純血主義の強いナベシマ内で苦労してきた。それだけに種族を超える恋には寛容で、自分と伊羅将の関係も、陰から支えていてくれた。その母が、ここまで言うのだ。本当にそれしかないのだろう。……なにか、よほど大きな力が働いているに違いない。


「なあリン」


 父親は、優しい声色となった。


「お前の気持ちは、私もツカも知っている。それに評議会の急激な過激化には、絶対裏がある。誰か……裏で糸を引いている者がいるだろう。……それを探ってみたが、今回はかなり根が深いようで、なかなか見えない。果たし合いの条件に、ニライカナイの情報が入っていた」

「それって……」

「そう。お前が仙狸とつるんでいるのを知って、餌を撒いてきたのだ。馬鹿にしおって……」


 厳しい表情で溜息をついている。


「だが、それは利用できる。果たし合いさえ実現させれば、ニライカナイの情報元から、真の敵が辿れるだろう。大海崎家どころか、ナベシマを分裂の危機に貶める奴だ。なんとしても成敗しなくては。……そのためにも、お前には試練を受けてもらわねばならん」

「父ちゃん……」


 リンは唇を噛んだ。


 ――あたしが伊羅将を殺すのか。なんで……。なんで、こんなことに……。


 脳裏に浮かんだ伊羅将の笑顔を、リンは、むりやり押し潰した。

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