06-4 大海崎リンの絶句

「気が重いなー……」


 実家の作戦室。堅い椅子にひとりぽつんと腰を下ろしたまま、リンは溜息を漏らした。今頃、伊羅将いらはたは斥候の最中。今日は父親に呼び出されたが、説教に決まっている。どうせまたぞろ、「なんで異界に来た。しばらくほとぼりを覚ませ」――とか、言われるに違いない。なんでもくそも、伊羅将の任務が気になるから、少しでも近くに居たいのだ。


 ――ま、こっちも尋ねたいことあるから、ちょうどいいか。……説教なんか、いつもどおり下向いて聞き流せばいいし。反省したふりで。


 ほっと、リンは息を吐いた


 ややあって、父親と母親が入ってきて向かいに座った。ちょっと距離がある。


「父ちゃん、なんか用かい」


 わざとらしいくらい明るい口調で、リンは切り出した。


「あたしもちょうど用事があってさ」


 いったん口を閉じたが、両親は、厳しい表情で黙ったままだ。なんとなくいたたまれず、リンは続けた。


「あのさ。ニライカナイって場所の情報なんだけど、その後わかった? ほら、こないだ訊いたよね。ナベシマの調査網ならなんとかなるかもって、言ってたじゃん」

「リン……」


 ようやく、父親が口を開いた。だが、言葉はそこで途切れてしまう。


 大海崎おおみさき家の作戦室。太古から、ナベシマの歴史を彩る重要会議が、何度もここで開かれたという。その重々しい空気が、リンにのしかかってきた。両親に敬意を表して、リンは下座に陣取っている。


「今日はお前に、重要な話がある」

「なに……。お説教ならいいよ。もう当分、ここ異界には来ないからさ」


 なんとなく不安を感じ、つい早口になっているのが、自分でもわかった。


「リン。お父様のお言葉を、しっかり聞きなさい」


 いつもは温和な母親に諌められ、リンは口をつぐんだ。どうやら、普段の説教レベルではなさそうだ。


「リンお前、本当にニライカナイの話を聞きたいのか」


 リンが頷いたのを見て、父親は続けた。


「大海崎にはない。とはいえ情報を……入手できなくはない」

「おっ。マジですか。父ちゃん」

「……ただ、条件がある」

「そうくると思ったよ」


 リンはうれしくなった。きっとなにか困難なミッションを命じられるのだ。ほんの数か月前、花音姫様の行動を邪魔しろと命じられたときのように。自分もネコネコマタ貴族だ。家や部族のために難しい使命を背負うのは、誇りでもあるし、気持ちいい。


「なんだよ。なんでもやるよ、父ちゃん」


 うれしくて、いつになく弾んだ声になった。


「果たし合いだ」


 不機嫌そうに、父親は、その単語を口から押し出した。


「果たし……合い」


 あまりに予想外で、一瞬、頭が空っぽになった。果たし合いというからには、殺し合いだ。


「誰が――」

「お前だ」


 自分でも、間抜けな質問だと思った。流れからして、当然だ。


「……てことは、家名が懸かってるってことか」


 父親は、なにも答えなかった。もちろんそれは肯定を意味している。リンの頭は、ようやく回り始めた。


「どんな経緯で」

「大海崎の立場は、お前もわかっているだろう」


 リンは無言で頷いた。自分の行動がもとで、部族内での政治的軋轢を招いていることは、痛いほど知っている。


 考えた。原因が自分にあるなら、果たし合いは受けざるをえないだろう。


「じゃあ相手は、ナベシマ内の大海崎追い落とし派か。常盤か……早津あたり」

「違う」

「なら東与か、裏切り者の高取。それともまさか……」


 例の龍造寺諫早りゅうぞうじいさはやが頭に浮かんだ。あいつはあたしまで目の敵にしていた。勢いで、ここ異界でも大海崎家を侮辱して名誉トラブルを起こす事態は、充分考えられる。ハリマ族のくせに、武闘派ナベシマ族にケチつけるとか、なめた奴だ。


 だがそれならそれで、むしろ気が楽だ。あいつは弱い。簡単に倒せるだろう。同じ部族同士で戦うよりは、気が重くない。殺し合いや死は、ナベシマのような戦闘部族なら、必然の定めだ。特に感慨はない。ただ死ぬと彼氏たる伊羅将いらはたに会えなくなるのだけは、心残りだが……。


「まさかハリマの――」

「それも違う」


 あっさり否定された。


「なら誰さ」

「お前がよく知る男」


 嫌な予感がする。


「そう。物部伊羅将だ」

「伊羅将……」


 頭がまっしろになった。

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