06-3 はぐれ赫蜥蜴の意味

 問題の鉱山周辺には、翌日の早朝着いた。陽はまだ低いが、木々がまばらなので結構明るい。先に低い山が見えている。麓に鉱山の入り口が穿たれているそうだが、妖怪が出没するので、最近は採鉱が行われていない。


 王領鉱山のひとつで、例の呪力鉱物が採掘できる。花音がポスターのインクに混ぜ込んだ奴。王室の主要収入源なわけだから、妖怪跋扈をほっておくわけにはいかないのだろう。


「坑道入り口まで進む。気を緩めるな」


 そろそろ、一時間ほどかけて入り口まで着いた。二メートル強の幅・高さで山肌に穴が穿たれ、木材で周辺が補強されている。覗いてみると、緩やかな傾斜で、坑道が暗い奥へと続いていた。


「いませんね。……気配がない」


 斥候のひとりが、構えていた剣を鞘に戻した。


「連中、こっちに気づいて消えたんですかね」

「そうだな。なにせこっちは名立たる第一小隊だ」


 斥候兵からは厳しい表情が消え、笑顔になっている。


「鉱山を放棄して逃げるはずはない」


 隊長は、眉を寄せたままだ。


「……なにか理由があるはず」

「敵だっ」


 誰かが叫んだ。見ると、岩陰からなにかが這い出してきた。四つん這いで、見るからにトカゲっぽい奴。きっと赫蜥蜴あかとかげなのだろう。ただ、肌は玉虫色で、「赤い」感じはない。体長は一メートルほどか。口をかっと開き、威嚇音らしき声を発しながら、這い寄ってくる。


 素早い。どうせワニのようにのそのそした妖怪だろうと考えていた伊羅将いらはたは、思わず怯んだ。


 開いた口の内部は鮮やかな蛍光赤色で、鋭い牙が覗いている。


「どけっ」


 荒々しく腕を引っ張られた。誰かが前に出る。近衛兵だ。飛びかかってきた妖怪をかわしながら、剣を突き下ろす。剣は脳天を貫き、泥道に食い込んだ。


 甲高い悲鳴を発していたが、やがて妖怪は動かなくなる。近衛兵は、死体から剣を抜いた。


「赫蜥蜴ですか」

「ああ。……だがこいつは幼生だ。色が違うし、小さすぎる」

「子供……。こんなにでかいのにですか」


 そうだと、隊長が認めた。なにか考えている。


「なぜ幼生だけだ。親や群れはどこにいる」

「幼生の悲鳴を聞くと、普通は親が飛んできますからね」

「……ということは、こいつはロストか」

「はぐれたんだな。親や群れから。……なんで群れがいないんだ」

「餌場から移動したのは、理由があるはずだ」


 しばらく議論が続いたが、ラチが明かない。


「俺は耳にしたことがあるぞ」


 近衛兵が口を挟んだ。


「赫蜥蜴は、繁殖シーズンに赤鉄鉱を食べると」

「それは俺も聞いた。なんでも幼生の鱗を堅くするのに必須だとか」

「となると……」


 部下に周囲を警戒させながら、隊長は地図を広げた。


「うん。ここから東に一日のところに、古代の鉄鉱山跡地がある。主要な鉱脈を掘り尽くしたので放置してある奴だ。――もっと楽に掘れる鉱山が、今はいくらでもあるからな」

「そっちに群れごと移ったんですね。で、こいつは運悪く置いて行かれたと」


 隊長は即座に決断した。そちらの鉱山に向かうと。今回の目的は、群れの規模や動静を探ること。遠くからでもそれを観察できなくては、失敗だからだ。


「でも群れが移動したってことは、この鉱山はもう安全じゃないですか。ならそもそも討伐する意味が消えたってことですよね」


 伊羅将の質問に、隊長は相好を崩した。


「物部お前、ニンゲンの割には頭が回るな。たしかに今時点では、お前の言うとおりさ。……だがな、子育てが終われば、また戻ってくる。連中の好物だからな。当然、そのときは、成長した個体で群れの規模が大きくなっている」


 そうなるとやっかいだから、今のうちに叩くのだと、隊長は続けた。その旨、無線で報告すると、すぐ出発となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る