06-2 ヤマネコ隊アルファの進軍
食事は、これまでと同じメニューだった。穀物粉を水で練って焼いた、パン状のもの。それに干し肉と干した果物。どれもこれも堅いが、さすが猫又というか、全員、苦もなく噛み切っている。ただ伊羅将には辛い。何度か噛んで多少柔らかくなったところを、水筒の水と共に飲み下すのが精一杯だ。
軽くて日持ちするものになるのは、まあ仕方ない。これは戦闘糧食だから。
「なあ坊っちゃん。学校はいいのか。『お勉強』のほうは」
メインを平らげ終わり、干し柿のような味の果物を苦労して嚥下していると、アリタ班の高杉とかいう兵士に、声を掛けられた。ほとんどの兵士は、もうすべて食べ終わってくつろぎ、軽口を叩き合っている。
「休んで来てるんだ」
相手は、(人間風に言えば)二十代くらい。敬語にすべきか悩んだが、フランクに行くことにした。素人さんとか、なめられたくなかったから。
「落第しないといいな」
「平気さ」
休む許可自体は問題なかった。なんせ理事長がネコネコマタ国王だし。問題は勉強だが、正直、好きでも嫌いでもない。だから勉強しないのは構わないが、遅れるのは嫌だ。ひとりだけ置いていかれる気がして、なんとなく焦るから。でも今は、優先すべきものがある。
「頭いいんだな。お坊ちゃんは。……そうだ。お前、剣見せてみろ」
「そうそう。短剣のくせに妙に曲がった鞘だから、俺も気になってた」
もうひとり同調した。昨日聞いた話では、斥候隊の兵士は全員、貴族の三男坊とかばかりだ。皆、立派な長剣を腰に提げている。隊長だけは短剣で、三振りも身に着けていた。
特に問題はないだろう。
花摘丸の刀身を目にして、高杉は笑い出した。
「櫛かよ。さすが花音様の色男だ。戦場でも身だしなみのが大事ってか」
苦しそうなくらいの大笑いだ。斥候連中が寄ってきた。興味深そうに伊羅将の短剣を手に取り、品定めを始める。
「たしかに奇妙だ。……だが軽い」
「なんだこれ。見たことがないぞ」
近衛兵は遠目にこちらを見ているだけで、なにも言わない。おそらく、この武器を持った男なら「どう護れば有効か」、考えているのだろう。
「無駄口を叩くな」
隊長が割って入ってきた。
「お前ら、この
「でも隊長」
高杉はようやく笑い終わった。目尻の涙を拭っている。
「これ長剣でもなんでもなくて、おまけに欠けてるじゃないですか。この貧相な奴が武器とか――」
また噴き出している。
「人の武装に口を挟むな」
近衛隊のひとりが告げた。ぶっきらぼうな口調だ。
「どの武器にも、ふさわしい活躍の場がある。そう創られているからな」
「鞘の紋章を見ろ。王家ゆかりの
もうひとりも同調した。
近衛兵の厳しい口調に、高杉が黙る。白けた空気が場に漂った。
「お坊ちゃまは、お付きをお供に斥候だとよ」
聞こえるかどうかくらいの小声で皮肉った。
「俺達は、いつだって危険な任務に駆り出されるってのにな」
「ああそうだ。たまーに王領内の楽勝調査だと、こんな足手まといの紐付き任務だ」
斥候隊でも、高杉とあとひとりが、なにかと絡んでくる。残りのふたりは淡々としてるので付き合いやすいが、こいつらはダメだ。仲良くなろうにも、向こうから拒絶される。
近衛兵のひとりが立ち上がった。
「なにか文句があるのか。王命の斥候だぞ、これは」
高杉に向かい、ゆっくり近づいてゆく。
「トラブルはごめんだ」
近衛兵の前に隊長が立った。
「君たちの任務もわかるが、こちらの邪魔はするな。こんなレベルで揉めていては、作戦成功はおぼつかない」
少し考えてから、近衛兵は引いた。
「もっともだ。君の立場を尊重する」
隊長は、高杉に向き直った。
「今度バカ言ったら、懲罰が待ってるぞ」
ぴしゃりと告げる。
「小便して準備しろ。休憩は終わりだ。――物部。お前も飯を片付けるんだ。出発する」
隊長は、無線機を手に取った。人間世界から持ち込まれた装備だ。ただ異界の最前線では、
「こちらヤマネコ隊アリタα」
通信を開始した。
「作戦区域に入った。警戒陣形で進む。送れ」
「クラウン、了解した。問題情報は特にない。終わり」
手短に通信を終えると、斥候隊はまた進み始めた。鉱山が近い。ここからは警戒陣形で進むというので、幅広く散った。集中していると、一箇所を攻撃されたときに多数が死傷するからだ。各人が離れていれば、初動で失う戦力は最小限で済む。
四方に目を配るので、行軍速度もかなり落ちている。とはいえ精神を集中させるので、これまでより、むしろ疲れるはずだ。ただ伊羅将は「オマケ」扱いで分隊中央に位置するので気も張らず、楽になっただけだが。
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