06 ヤマネコ隊アルファの進撃

06-1 斥候隊任務

 ――みんな、速いなあ……。


 心の中で舌を巻きながら、伊羅将いらはたは、足を速めた。八名の斥候隊が王宮を出てから二日。半日ほど六脚馬の曳く車で移動した以外は、ひたすら北西に歩き続けている。王宮から森林に、ならされた道からはすぐに外れ、獣道を。飛ぶような速さだ。休憩や野営以外はほぼ無言。休憩時に聞いたところでは、まだ安全地帯なので、警戒速度でなく早足で移動するとのことだった。


 先行するのは、王領正規軍斥候隊第一小隊第一分隊アリタ班から二名。続いて、指揮官たる第一分隊班長。その後ろに伊羅将。そして近衛兵二名。殿しんがりが、アリタ班の二名だ。


 出発時は密に生えた樹木で陽が遮られ、発光する葉で幻想的な雰囲気だった。今朝からは、樹木がややまばらになりつつある。陽の光が時折スポットライトのように顔を照らすので、そのときはまぶしい。ただひんやりした風がしけった苔の香りを運んでくるのは、変わりない。風が心地良いので、こうして汗をかいていても、そこそこ速く進めるのだ。


 気を散らさないと行軍が辛くなる。道々、この斥候任務の背景を思い返した。陽芽ひなめが教えてくれたものだ。


「ぽっと出」の下僕が、王女の恋人として華々しく登場した。それだけでなく、花音の騎士に任命され、誉れある王室殊勲章まで叙勲された。辛い訓練も実戦も経験していないのに――。


 彼らは現実から目を背け、「たまたま王女を救い出しただけ」の幸運だけと判断している。下僕の出世を苦々しく思う貴族の一派が、なにかにつけ伊羅将を排除しようと動く。あまつさえ、王室の権威についても半ば公然と陰口を叩くようになってきた。やむなく澄水すみず王は、伊羅将に実戦を経験させることにした。――それが、陽芽の見立てだった。


 最前線に送るのは、能力的に無理だ。お誂え向きに、王領内のさほど遠くない鉱山に、妖怪が湧出している。採鉱は中止に追い込まれ、討伐の要請が上がっている。そこなら道中も短い。討伐班でなく偵察任務の斥候班に組み入れれば、危険性も少ない。王はそう判断した。


 鉱山周辺の妖怪湧出状況を調査。数・組織行動の特性等を確認の上、帰還――。それが斥候隊の任務だ。敵に発見されたときを除き、基本、戦闘はしない。要するに、討伐隊編成のための情報を収集するわけだ。


 跋扈ばっこしているのは、赫蜥蜴あかとかげという奴だ。赫蜥蜴は、鉱物食。磁力検知器官を体内に持ち、鉱脈を探して鉱石を貪り食う。鉱山周辺に群れが居座るとやっかいらしい。


 この異界では、地脈から呪力を得て、妖怪が湧出することが多いという。ちなみにネコネコマタの勢力範囲外には、巨大な地脈がある。そこには強力な妖怪が多数存在していて、猫又の接近を拒んでいるとか。何十年かに一度は連中が攻めてきて、大規模な戦争へと発展すると聞いた。


 斥候チームに近衛兵を二名、追加配備したのは、陽芽だ。表向き「分隊補助」という形にはなっているが、事実上、伊羅将の護衛任務を与えられている。


 政治的バーターのための形だけの斥候だと、リンは笑っていた。マジにならなくて大丈夫だと。「この武器だってほら、軽いし。行軍で疲れないぞ。それに振り回しやすそうだし。はぐれ妖怪を脅すくらいならできるさ。お前は仮にも王家の恋人だ。周囲に猛者を配備するに違いないから、倒す方は連中がやってくれるさ」――。そう語ったリンの言葉は、やはり正しかった。


 そこまで手厚く保護される自分が、情けなかった。だが実際、自分の実力はゴミだ。闘鑼トラに言われるまでもない。屈辱は甘んじて受け入れ、むしろ勉強・訓練の好機として鍛錬の糧とする――。伊羅将は、自分にそう言い聞かせていた。


 ――でないと、花音を護ってやることなんか、できないもんな。なんだかネコネコマタ内部は、想像以上にドロドロしてそうだし……。


 溜息をついたとき、休憩の合図が出た。もう昼時だから、おそらく飯だろう。

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