05-4 奇妙な短剣、花摘丸

花摘丸はなつみまるです」


 おごそかに、瀧が剣を紹介した。


「かわいい名前だな。剣のくせに」


 リンが笑っている。


「でもなあに、これ。ヘンな形かも、はあ」


 レイリィはあきれている。たしかにそうだ。両刃の剣だが、根本より剣先のほうが太く、やや内側に湾曲している。刃渡り四十センチほどだから、やはり短剣の部類だろう。なにより不思議なのは、背側の刀身に深い切り欠きが十本近く入っている点だ。


「櫛みたい……」

「これは……スウォードブレイカーの類ですわね」


 陽芽ひなめには正体がわかるようだ。


「陽芽、それはなあに」

「はい、お姉様。敵が斬り込んできたときは、この溝に刀身を捕らえ、捻って相手の刀を折るのですわ」

「なるほど。それで剣破壊剣スウォードブレイカーか」

「花摘丸という名前も、そこからでしょう。相手の刀を折る姿が、花を摘むように見えたからですわ」

いにしえならではの、優美な名前ですね」


 心なしか、瀧も誇らしげだ。


「こんな形、花音は見たことないけどなあ……」

「お姉様。現代のスウォードブレイカーは、剣ではなく太い棒です。剣だと切り欠きから折れてしまうので」

「陽芽様のおっしゃるとおりです、花音様。太古には、現代より優れた鍛冶呪法があったと聞きます。それで鍛えられた品かと……」


 リンが同意した。


「剣を折るってことは、相当こいつは頑丈なんだな」

「頑丈なだけではダメですわ、お兄様。硬いだけでは、この剣自体が割れたり欠けます。柔軟性にも富んでいるはず。呪法詠唱と共に何万回も鋼を打って、ていねいに鍛えられた品かと」

「鍛えれば鍛えるほど、刀は強くなるんだ。なんだっけな、金属原子がきれいに並ぶからとかなんとか……」


 リンが唸った。


「それにこれ、形としてはグルカナイフに近いな」

「グルカナイフ?」

「ああ。ニンゲンの世界で使われてる、伝統ある奴さ」


 リンが解説を始めた。短剣だから素早く振り回せる。そのくせ先が太いので斬りつけたときに重量が乗り、短剣らしからぬダメージを相手に与えられる。内側に曲がっているのは、斬撃後に引くことで肉に深く食い込ませるため。先は両刃だから、刺突にも使える――。


 ナベシマは戦闘部族だけあり、リンも武具には詳しいようだった。


「いずれにしろこれは、貴族の剣ではないな。ニンゲン風に言えば忍者とかの、戦闘実務派の得物だ」

「リンさんの言うとおりですわ、お兄様。小振りで軽量――。長距離を忍んで進む斥候には、ふさわしい剣かと」

伊羅将いらはたくん。持ってみてください」

「いいのか」

「ええ」


 瀧に促され、おずおずと剣に触れる。ここに長期間隠されていたに違いないのに、刀身には一点の曇りもない。プラチナのように深い輝きをたたえている。


 台座から外し、握ってみた。柄は、ぴったり吸い付くような感触がある。樹木とも宝玉とも取れる焦茶の部材だが、呪力で滑りにくく加工されているのかもしれない。思ったより軽い。いくらでも振り回せそうに思える。重量バランスに優れるためだろうが、どうもそれだけにしては軽すぎる。


「なんだ……軽いな、これ」

「呪力が込められてるという話です。そのためかと。持つと軽い。でも実際は重いので、肉に深く斬り込める」

「それよりこれ、魂を持つんだよね。どうやって認めてもらうのかな。使い手だって」


 興味津々といった様子で、花音が覗き込んでくる。


「それもそうだな。瀧、どうやるんだ」

「いえ実は……」


 歯切れが悪くなった。


「ボクにもよくわからなくて。最後に使われたのは、もう何百年も前って話です。実家には古代からの書物が大量にあるのですが、なぜか花摘丸についてだけは、ほとんど記録が残ってなくて」

「なんだよそれ」


 リンが噴き出した。


「伊羅将が言ったみたいに、ただの伝説だな。自分の氏族を偉そうに見せるため、祖先がハッタリかませたんだろ。長い家柄くらいしか誇るものないしよ、関屋家には」

「リンちゃんったら。またそんなこと言って……」


 花音が、手を腰に当てた。


「なにか祈るとか振り回すとかじゃないの。剣を眷属けんぞくにするってことなんだから、はあ」

「レイリィの言うとおりかもな。伊羅将お前、ちょっと振ってみろよ。そんで宣言するんだ。自分が主人だってな」

「そうそう」


 ここのところ妙に仲良くなったレイリィとリンが、畳み掛けてくる。


「なんて宣言すればいいんだよ、リン」

「そうだな……。いにしえの剣なんだから、古風な言い方がいいだろ」

「なるほど」

「あたしの武器知識からして……」


 なにか考えている。


「こう言え。『我は選ばれし者。汝、神話かむばなし業物わざものよ。眷属として我に仕えよ』ってな」

「なに? もう一回」

「頭悪いな、お前」


 リンには言われたくないが、下手に出て教えてもらった。花摘丸を、たかだかと掲げる。期待に満ちた全員の視線が集まった。


 宣言する。


「わ……我は選ばれし者。汝、神話の業物よ。眷属として我に仕えよ。我はお主の使い手なり」


 思いついたフレーズを足して。


 そのまま十秒ほど掲げていたが、特に変化はない。剣から火花が飛んだりもないし、心になにかが流れ込んでくる感覚もない。王家の呪法を紡いだときは、花音が心に現れたものだが……。


「こ、これでいいのか。なにも起こらないけど」


 心なしか頼りなく響いたのが、自分でもわかった。


「ぷぷっ」


 リンが噴き出した。


「わりいわりい。それデタラメさ。こないだレイリィと観たアニメのセリフだわ、それ」

「どうりで。聞いたことあると思ったわ。はあ」


 レイリィもあきれている。


「それにしても伊羅将お前、我はお主の使い手なり――とか、オリジナル入れちゃってさ。お主ってなんだよ、お主って。時代劇かっての。言うなら『汝』だろ」


 思い出したのか、またゲラゲラ笑って、話せなくなってる。ムカついたんで、頭をはたいてやった。


「まあ、こんなものだと思っていましたわ……」


 陽芽は溜息を漏らしている。


「見たところ、剣自体はかなりの業物です。お姉様の騎士が、斥候任務で持つには最適でしょう。あとは任務の調整でなんとかします。……そちらは、わたくしにお任せください、お兄様」

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