05-3 関屋家の秘密蔵

 感覚的には、五メートル近く降りたと思う。そこで階段は途切れ、水平な廊下になっている。ずいぶん長い。見た感じ、百メートル以上はまっすぐ続いていそうだ。全体に薄緑だし奇妙な照明もあるしで、なんだか現実感がない。


「敷地出ちゃうだろ、これ」

「呪術で空間を歪めてあるらしいよ、イラくん。一部は異界に通じてるし」


 伊羅将いらはたの手を引いて、花音が進む。


「両側に扉がいっぱいあるでしょ。それぞれが各部族の蔵なんだ。もちろん王家の蔵もあるよ。いちばん奥に」

「あった。ここです」


 ずいぶん進んだところで、瀧が立ち止まった。廊下の終点近い。突き当たりには、重そうな石扉が見えている。黒光りして。多分こいつが王家の蔵だろう。


 クルメの扉は、焦茶色だった。他の扉同様、文字やしるしなどは書かれておらず、ノブもない。


「どうやって開けるんだ。これ」

「その部族の者が触れると、自動で開くのです。銅像の頭と同じ仕掛けですわ」

「なるほど」


 瀧が扉に触れると、一瞬、気圧が変化したような違和感を感じた。陽芽の説明によると、異界にある蔵の本体に、空間が繋がったためらしい。


「ドンッ」


 音がして、扉が下に落ちた。きっちり床に収まっている。奥は薄暗く、よくわからない。どうやら、通路の左右に、さまざまな道具や箱が積まれているようだ。


「さあ……」


 瀧に促された。


「それより本当に、ここに武器が……」

「ええ。関屋家だけが知る、伝説の武器ですよ」

「早く入ろうよ、伊羅将くん。私、なんだかお腹減ってきたし、はあ。もらうものもらって、ケーキでも食べに行こうよ。駅前のファミレスでいいからさ」


 例によって、レイリィは能天気だ。


「でも本当に、俺が使っていいのか」

「ええ。ボクを助けて伊羅将さ……くんが睨まれたのが、すべてのきっかけですし。親からは、この武器はボクが自由にしていいと言われてますしね。ひとりっ子だから。それに……」


 言い惑うと、わずかに顔を曇らせた。


「本音を言えば、ボクは剣はあんまり……」


 どうも戦闘とかは、どちらかと言えば嫌いらしい。さすが文人閥のクルメ貴族だけある。


「だから伊羅将くんに使ってほしいんです」

「わかった。ありがとうな、瀧」


 礼を言われると、瀧は恥ずかしげに頬を赤らめた。


 斥候隊に選ばれたからには、武器を調達しなくてはならない。まだまだヒヨッコの自分でも扱える武器を。闘鑼トラのアドバイスの元、短剣を中心に検討している最中に、瀧が提案してきたのだ。関屋家の武器を使えと。なんでも魂を持つ短剣らしい。その武器が所有者として認めてくれさえすれば、とてつもない助力を与えてくれるとかなんとか。


「……でもそれ、なんかよくあるデタラメ伝説っぽいんだけどなー」


 伊羅将は溜息をついた。どうにも、ちょっとした武勲を立てた武器が、何百年も寝物語で語られるうちに神格化されたとか、その類にしか思えない。


「どうでもいいじゃん、嘘だって。とりあえず剣が必要なんだし。見るだけ見てみたら」


 またしても、レイリィがまともな意見を口にした。なんだろ。ヘンなものでも食べたんだろうか。


 全員で部屋に踏み込む。雑多な倉庫らしい。貴重品と思われる小さな彫刻や古い文献、書類などが雑然と置かれている。そうかと思えば、最近クルメの留学生が学園祭で使ったと思しき、メイド衣装まで置いてある。


 瀧は、部屋のいちばん奥まで進んだ。


「たしか……ここだと」


 方位磁石で方向を確かめると、壁際の棚を動かさせる。


「スイッチだ」


 ホコリまみれの壁に、わずかに凹んでいる場所がある。手で触れると、壁の一部がまた下に開口した。かがめばなんとか通れるくらいだ。


「倉庫にさらに隠し部屋が……」


 陽芽がうなっている。


「この部屋は、関屋家しか知りません。一子相伝の厳秘とかで……」

「さすがはクルメ創建まで遡れる関屋家ですわね。……ということは、他の部族や王家の部屋にも、もしかして……」


 なにか考えている。


「さあ、早く……」


 瀧に促されて部屋に入った。六畳ほどもない小部屋だ。入り口こそ狭いが、中は普通。なにもない。ただひとつ、腰ほどの高さの飾り棚以外は。天鵞絨びろうどのような緑色の敷布の上に、剣が飾られていた。奇妙な形の――。

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