05 伝説の武器の隠し蔵
05-1 王立図書館の計略
その頃、レイリィはネコネコマタ宮殿内の王立図書館にいた。人はほとんどおらず静謐で、書物に用いる革や紙の匂いが漂っている。
「でかいなあ……。調べるのめんどくさそうかも、はあ」
溜息が漏れた。革装丁の重厚な書物がぎっしり収められた書棚が、はるか向こうの壁際まで続いている。おまけにどれもこれも、十メートルはあろうかという天井まで並べられているのだ。体育館ほども大きな部屋なのに、書棚で満杯。こうした部屋が、あといくつもあるという。
とはいえ、弱音を吐いてばかりはいられない。両親をはじめすべての
真実が明らかになるまで、ネコネコマタとの対立関係を保留している。それが気持ち悪い。早く突き止め、それに従って次の行動を決めなくてはならない。
もう一度、ほっと息を吐くと、王立学者に教わった仙狸史棚に向かい、書棚の角を曲がった。
「わっ」
誰かとぶつかりそうになった。見ると知り合いだ。
「す、すみません。レ、レイリィさん……でしたっけ」
「瀧くんよね、はあ」
「あの……なにか調べ物ですか」
改めて、レイリィは瀧を観察した。線の細い理知的な顔立ちで、瞳は澄んでいる。くるっと丸まった柔らかそうな巻き毛がかわいい。男臭さを感じさせないので、思春期の女子とかにモテそうなタイプだ。
「瀧くんは、ここにご用?」
「ええまあ……。父祖の地の歴史を調べとこうかと思いまして」
貧乏貴族だが歴史だけは長い関屋家には、史書が大量にあるらしい。ここに来たのは、違う視点の書物があるかと期待したからだと、瀧は続けた。
「大枚払ってもらって、せっかく王宮で訓練してるんだし……。少しでも元を取り戻さないと、親に悪くて」
自嘲気味に口にする。
「ふーん……。歴史詳しいんだ」
「まあそうですね」
「私と話してて大丈夫?」
王宮でもここ図書館でも、仙狸の自分を見ると、そそくさと姿を隠す連中は多い。「忌まわしいものを見た」とでも言いたそうな顔つきで。
「平気ですよ」
瀧は笑っている。
「たまたま出会っただけですから、問題ないでしょう。誰に見られても、適当に言い訳できます。それに……クルメは人類殲滅派に属していましたが、もともとは温厚ですから」
いつぞや陽芽から聞いた説明を、レイリィは思い返した。クルメは知能に優れ、文人派というか、有能官僚を輩出してきた歴史があるという。それもあってか、現王室はクルメからの分派で生まれているというし。
「なら資料もたくさん知ってる?」
「ええ」
あっさり口にする。
「落ちぶれたとはいえ、ウチは、歴史だけは古いですから」
伝説や縁起などの多くの知識が、関谷家には蓄えられている。瀧の実家は、クルメ創建以来の歴史だけは誇っている。古文書だけで書庫が三つも埋まっているそうだ。
「ふーん……。ねえ瀧くん。ニライカナイって知ってる?」
「話だけは。仙狸の理想郷。……伝説ですよね」
「じゃあちょうどいいわ。ヒントでもないかな、ニライカナイの場所や秘密について」
「そうですね……」
高い天井を仰いで、遠い目をする。
「実家の書庫に、関係する書籍があったような……。たしか……南の島の沖合にある秘跡とかなんとか。絶対に見つけられない結界があり、結界を解くには、いくつかの条件があったような……」
すみませんうろ覚えで、と、瀧は謝った。
「そうかあ……。ねえ。あなたも仙狸は自らそこに引きこもったんだと思う?」
そう思うと、瀧は頷いた。
「でも私、皇女だよ。母上からも父上からも、そんな土地の話聞いてないけど」
「うーん……」
唸っている。
「レイリィさんはたしか封印時、ようやく夢登場能力を得た頃合いとか」
「そうだよ」
「つまりイニシエーションを経て成人したばかりってことですよ、民俗学的に言えば」
「石鯛恵方巻きかあ、はあ。おいしそうかも」
「イニシエーション。成人と認めるための儀式ですよ。成人式の原形です。レイリィさんが生きていた江戸時代にだって、元服という形で――」
「まあいいや。その石づくり縁側がどうしたって」
瀧は説明してくれた。イニシエーションを経て成人と認められた個体は、部族の秘跡やルールを教えられる。それは仙狸でも同じだろう。多分、伝達の直前に封印されたのではないかと。
「たしかに、それはあるかもね」
レイリィは考えた。
「そもそもいちばん大事な、夢の中での作法だって、まともに聞けてないもんね」
「そうですよ。仙狸の最大の能力でさえそれなら、そんな秘密の聖地みたいな場所、聞いてないのが当然です」
「そうかー」
「そういえば話してる最中に思い出しました。この王立図書館にも、それに言及した本、いくつもありますよ。前、書庫全体の書誌目録に目を通しましたから」
「でも私読むの辛いんだ。いくら日本語とはいえ古語、けっこう難しいからさ。江戸時代の崩し字ならイケるんだけど。……封印前は勉強、あんまり得意じゃなかったから」
母親のあきれ顔が頭に浮かび、少し心が痛くなった。母上に会いたい……。
「だから学者さんに協力してもらってるくらいで……」
「ボクが読めます。とりあえずこちらにどうぞ。たしか隣の
それから二時間、瀧と書物の迷宮をさまよっていた。辿り着くためのヒントを求めて。ひとつの可能性が浮かび上がった頃、重厚な部屋の扉を軋ませて、
「やはりここでしたか」
「こっこれは陽芽様。本日もご機嫌麗しゅう……」
椅子から飛び上がって、瀧が直立不動になる。
「関屋の瀧さんも一緒でしたか」
優雅に一礼すると、書見卓に歩み寄ってきた。
「レイリィさん、お兄様に勅命です」
「チョコレイト?」
「いえ。王の名のもとに命令が下ったということですわ」
「なんか大変なことなの」
普段冷静な陽芽が、少し焦っているように見える。嫌な予感しかしない。
「王領貴石鉱山近辺に、魔物が出ています。その地への斥候隊に参加せよと」
「えっ……」
瀧が絶句する。
「でも伊羅将様は、花音様の騎士とは言えども、実質まだただの訓練騎士では」
「いろいろあるのです」
陽芽は困り顔だ。
「要するに戦争に行くってこと? 伊羅将くんが……」
「ニュアンスは少し違いますが。それでも軍事行動なのはたしかですわね」
「なら私が禁止するわ。飼い主である私が命令すれば、伊羅将くんは逆らえないもん」
「そうおっしゃると思っていましたわ」
溜息を漏らした。
「そうなると大問題……というか、敵の思う壺です。お兄様を追い落とそうとする連中の。ですから、いの一番にレイリィさんにお報せに参りましたのよ」
「ならどうするのよ」
「そうですわね……」
自分の考えを、陽芽は説明し始めた。
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