04-2 センギョーシュフ立候補
「大丈夫なのか、こんなに警備が手薄で」
「まず平気だな」
大きな菓子をひとくちに放り込むと、リンが言い切った。
「ここならほら、背後は山と海で安全だ。前から攻めてくる連中だって、山稜の監視所から丸わかりだしな。そういう実利的な面からも、王宮の位置は優れてるわけさ」
「なるほど……」
「眺めいいから、イラくんに見せたかったんだ、ここ」
花音は微笑んでいる。
「あの神社みたいでしょ。山の上で、見晴らしが良くて――」
「南部神社か……」
「リン。お前、大丈夫なのか」
「なにが」
また菓子をほうり込んでいる。
「実家のことさ」
「平気だって」
笑った。
「でも出入り禁止になったとか、聞いてるけど」
「そりゃデマだな……」
困ったような顔で説明した。
「リスクは全部わかった上で、お前に味方したんだ。なんたって花音様をお助けするミッションだったしな。王族のために行動するのは、貴族の義務だろ。多少波風が立ったとして、それは問題にする側がおかしいって思わないか」
「そりゃそうだけどなあ……」
正論だし、リンらしい一直線の正義感だ。とはいえ謀略に満ちているらしいネコネコマタ政治の文脈で読むとどうか。その一点に、伊羅将は不安を覚えた。リンになにかあったら、護ってやらねばならない。なにせ自分のために行動してくれたのだ。
「最悪、勘当されたっていいし」
「ダメだよ。リンちゃん」
「いいのです花音様。いざとなれば伊羅将に食べさせてもらうし」
またしても悪い笑顔だ。
「センギョーシュフって奴だな。あそこには小姑レイリィがいるけど、なんかあたしとレイリィ、最近よく付き合ってるしさ、なんとかなんだろ」
「わあ。花音も憧れちゃうな」
ふたりに見つめられた。
「えーと……」
考えた。あのボロ家に花音と
みんなにも職を持ってもらうか、ネコネコマタ王家に援助してもらうかしかない。そんな事態に到れば、またまた、この地での自分や王家の評判を下げそうだ。
――それに仮にも王女にそんな暮らし……。まあ
「急にそんなこと言われても、困っちゃうかな」
「あたし今、実家に呼ばれてるからさ。多分伊羅将との将来どうするのかって線だろうからさ」
意味ありげにこちらを見る。
「伊羅将お前、あたしを抱え込む腹決めとけよなっ。花音様とはお前、結婚できないけど、あたしとはなんの問題もない」
毎度おなじみ、リンの不敬発言だ。
「リンお前、花音の立場ってものをだな」
「いいんだよ、イラくん。リンちゃんの言うとおりだし。それに花音、リンちゃんといっしょに暮らしたっていいよ。お友達だもん。きっと楽しいと思うんだ」
「お前は良くてもなあ……」
花音の父親たるネコネコマタ国王、
「俺が殺されるだろ」
「安心しろ伊羅将。お前が殺されそうになったらあたしが護ってやるからよ」
「リンの実家はそうだな――」
「もうやめようぜ。実家の話は辛気臭くて苦手だ」
リンは笑い飛ばした。
「それよりよう、伊羅将。あたしがお前鍛えてやるよ。姫様ご下賜のケーキで、腹もくちたしな」
「はあ?」
「こないだの試合、勝ったとはいえ、なかなか無様だったぞ」
「無様はないだろ」
「悪いな。あたしは正直でさ」
悪い笑顔だ。
「言いすぎて悪いが、いずれにしろ、もっと自分から攻撃しなくちゃ」
「あれは戦術だったけどなあ……」
闘羅に授けられた対諫早戦の戦術を、伊羅将は思い返した。戦略もなく派手に突っ込んでくるだけの相手を疲れさせ、一撃で反撃するためだったと。
「それはわかってるさ。戦闘種族なら、すぐ意味がわかる。……ただあれ、相手が間抜けだったから通じただけだからな。戦闘のプロ相手だと、先方に作戦を読まれて、相手はいくらでもお前の出方を待つ。持久戦は意味がないどころか、不利だ」
「そりゃ……そうだな」
たしかにそのとおりだろう。持久戦の間に、相手はこちらの技能を見破る。そうなったらもう、プロ相手に勝つのは難しい。
「だからあたしが鍛えてやる。剣術は稽古中だし、体術な」
立ち上がると、ストレッチを始めた。
「お前、ネコ型になるつもりか」
「バカ言うな」
一笑に付された。
「あたしが部族型になったら、お前なんか瞬殺だろ。人型で手加減したって、あたしにボロ負けは見えてるし」
鼻で笑っている。
「わあ素敵。イラくん、リンちゃんに鍛えてもらいなよ」
花音は無邪気に瞳を輝かせている。
「花音を護ってくれたイラくんがもっと強くなったら、花音、うれしい」
「そうか……まあ」
花音にここまで言われたら、やらざるを得ない。リンだって厚意で申し出てくれたのだ。それに自分が少しでも強くならないと、花音や王族に恥をかかせ、その立場を弱めることになる。人類の立場も――。陽芽の忠告を思い出した。
「ならやるか」
「よし。決まりだ」
うれしそうだ。
「決闘だぞ。……模擬とはいえ、あたしを殺す気で来い」
五メートルほど離れて、ふたり向き合った。警備の兵も、興味津々といった目つきで、こちらを見ている。
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