04 完璧な午後の過ごし方
04-1 王領が辺境にあるワケ
「いい見晴らしだねー」
大きく伸びをすると、花音は深呼吸した。ネコネコマタだか王家だかの普段着という、ふんわりした召し物を着用している。
「たしかにきれいですね。姫様」
リンが、珍しく女の子らしい感想を漏らした。こちらは神明学園の制服姿だ。
紳士決闘から一週間、また今週も剣術の稽古に来ている。空いた午後、花音に誘われたのだ。花音の横には、珍しく陽芽がいない。なんでも王宮で、政の情報分析に励んでいるという話だった。
「絶景って奴だな」
同意すると、周囲に広がる奇景を、
ここは王宮の裏側に位置する山の頂上だ。平坦な山頂で、テニスコートくらいの広さに広がっている。そこに設けられた茶卓で三人、くつろいでいるところだ。
眼下に険しい稜線と斜面が続き、わずかな浜を介して海につながっていた。左右には山稜が続いている。
来た道を振り返ると、森林が目に入る。山裾と森林の境に王宮。森林の先ははるか平原で、地平線に消えている。
密に生えた光る葉によって、森林は虹色に見える。海は底抜けに深い藍色で、内側から奇妙な光で輝いている。太陽が波に反射し、黄金のイルカのように跳ねている。空の色も濃いので、全体に、夢幻の世界といった印象だ。
午後の陽で大地が温まり、上昇気流が湧く。そのためたおやかな海風が吹いており、かぐわしい海と樹木の香りを運んでくる。
「海の先はどうなってるんだ」
「なにもないよ」
「ないって……なにかあるだろ」
「ないんだよ。ここはお前の認識で言うなら異世界だ。地球のように丸いわけじゃないらしい。学者の調査ではな。この世界は海に囲まれていて、その外側にはなにもない」
リンは、なぜか勝ち誇ったような顔だ。
「船で出ても、どこまでもなにもないんだって」
「海は泳げるんか」
「うーんまあ、泳げるというかなんというか……」
リンは首を傾げてみせた。
「とにかく海水の比重が重いから、体がほとんど浮いちゃうけどな」
「そうだよ。柔らかなゼリーに乗ったみたいになるの」
「歩けるとか」
「そりゃ無理だわ」
笑われた。
「たったひとつの大陸が、海で囲まれているのか……」
ここから見える海は一方だけ。つまりここは大陸の端ということになる。
「でもなんだな。王宮ってのは普通、王国の中央とか肥沃な平原にあるんだと思ってたよ。四方に目配りして統治する必要で」
伊羅将は耳を掻いた。
「なんでこんな不便そうな場所にあるんだ。端だし、海沿いといっても間に山があって海運も無理だろ」
「いい土地は、各部族が領有してるんだ。平原にはところどころ大森林がある。そのあたりに各部族の聖地があるな。各王宮もそのへん」
「それでほんとに王家なのか」
「えへっ」
照れたように、花音が微笑んだ。
「あたしが説明します。姫様」
咳払いすると、リンが語り始めた。
「もともと王家は、部族間の争いをまとめるために作られたものだからな。絶対王政への野望がないって示すためにも、辺境の地にわざと王宮を建てたんだってよ」
さすが戦闘部族ナベシマだけあり、こと歴史や力関係に関しては、能天気なリンと言えども詳しいようだ。
「ネコネコマタは封建社会なんだろ。封建社会は各部族の力が強いはずだから、過大な税金だって取れないと思うし……。王族は、どうやって収入を得てるんだ」
「各部族からの納税はあるさ。ただ言ってみれば連邦税のようなもので、たしかに巨額じゃないんだ。でかいのは、王領というか直轄地からの収入だってさ」
「リンちゃんの言うとおりだよ、イラくん。採鉱が大きいんだ。辺境に王領を決めてから発見された鉱山だから、各部族側にも文句はないんだよ」
「なにが採れるんだ」
「呪力を持つ鉱物だよ。小さい結晶ばかりだけど、砕いて粉にして用いるの。イラくんといっしょに貼ったポスターのインクにも、ハーブと一緒に混ぜ込んであるよ」
「へえ……」
ネコの裁きは近いかも――そう書かれた花音のポスターを、伊羅将は思い返した。今思えば、あれを見つけたことが、この大騒ぎのすべての始まりだった。
「大きな結晶はめったに出ないよ。出たらそれは、王家の珠に加工するんだ」
「あの珠もそこで採れたのか」
花音は頷いた。
「お菓子、どう」
甘酸っぱく香気の高い焼き菓子を、花音は勧めてきた。しばらく三人で、歓談しながら菓子と茶を楽しむ。リンの話によると、ネコネコマタ貴族は、とにかく茶席を多く設ける。というのも、茶を共にしながら政治的折衝を行うのが、ネコネコマタの伝統だからだそうだ。日本の戦国武将に似ている。そもそも日本で生まれた妖怪なんだから、文化が似ていて当然とは言えるが。
王宮からはやや離れているというのに、警護の兵が数名しかついていない。ネコネコマタの部族が乱れているという話を最近しょっちゅう聞かされてきたので、ふと心配になった。今襲われたら、ひとたまりもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます