03 夢でもし逢えたら
03-1 ベタ甘、夢デート
「いい天気……。五月だし、あったかいよね、はあ」
「ああ……」
今日も夢でレイリィとデート中。夢なんだから季節も気温も自由自在なんだろうが、レイリィは、リアルと同じく五月の設定にしたようだ。
「じゃあ、食べようか」
「うん」
伊羅将とレイリィの膝には、弁当箱が置かれていた。胡桃色の手ぬぐいに包まれて。手ぬぐいをほどくと、金彩でかわいらしいネコ柄の蒔絵が施された豪華な弁当箱が姿を現す。蓋を外すと、食材ののいい香りが広がった。
白身と赤身の刺身、焼魚、菜の花のおひたし、里芋やコンニャク、サヤエンドウなどの煮物。ふわふわに仕上げられた厚焼き玉子。ひじきの煮付けや梅干し。俵型に成形されたご飯には、胡麻が散らされている。
「うまそうだな。幕の内弁当か……」
「うーん、松花堂弁当かな、どっちかというと。……刺身が入ってるでしょ」
「違いがわかんないよ」
「といっても、幕の内の影響のが強いけど。ほら、封印される前の江戸時代には、まだ松花堂弁当なんて、なかったからね。こないだ本で勉強したんだ」
「へえ……本なんて読んでるんだ」
意外だ。いつもマンガくらいしか読んでる姿を見ていない。
「うん。国光くんの本棚から、退屈しのぎにちょくちょく借りてる。それよりもうお腹減ったよ」
そう言えばそうだ。おいしい匂いに、もう我慢も限界というか。ふたり黙ったまま、弁当に手をつけた。
うまい。
味付けや触感がバリエーションに富んでるし、よくある駅弁のように味が濃すぎることもない。シャクシャクしたレンコンやむちっと噛み切れるコンニャク、それに口中で甘い香りが広がる厚焼き玉子……。もちろん刺身は食べたこともないほど新鮮で上質な味だ。
「夢って便利でいいな。これ全部すぐ出せるんだろ」
「まあね……。リアルではお刺身なんて、傷むのが怖くて持って歩けないじゃん。別に冷蔵した弁当でもないしさ」
現実世界でレイリィが手がけた料理を、伊羅将も一度食べたことがある。父親が風邪ひいたときに、作ってくれたものだ。うれしかったが、味はまあ……語らないほうがいいだろう。そりゃ江戸時代にお姫様として育てられていた妖怪に、なに望んでんだって話だけど。
「それで、ニライカナイの場所、少しは見当ついたのか」
「うん……」
焼魚に沿えられた生姜のはじかみを、レイリィはかじってみせた。
「いろいろ聞いた感じだと、南の島にある『もうひとつの異世界』ってことみたい。その情報を収集した部族なら、もっとわかるらしいけど」
「どの部族なんだよ」
「うーん……。そこんとこ、みんなよく知らないみたいなんだよね。どの部族にせよ、知ってたのははるか昔で、もうほとんど忘れ去られてるんじゃないかと……。まあ今度ネコネコマタ王立図書館に行くから、そこでもっと調べてみるよ、はあ」
「この世界だと、沖縄の神話とか民話に出てくるってさ。海の彼方だか底だかにある理想郷らしいよ。祖先の霊がそこに渡って、守護神になるとかなんとか……」
「じゃあふたりで沖縄バカンスに行こうか。近づけば私の霊力でなにか感知できると思うんだ」
「沖縄かあ……」
伊羅将は考えた。
「夏休みなら行けるだろうけど。問題はお金というか……」
ただでさえ貧乏なのに、今は歩く酒呑みマシン、レイリィがいる。乏しい貯金が減っているのは知っているし、旅行費用を出してくれと父親に言える雰囲気ではない。自分用の虎の子預金はあるものの、あれは花音と逃避行するとか、本当に危機のときにしか使いたくないし……。
「じゃあ、伊羅将くんにバイトしてもらおうかなあ……」
「……やっぱ、そうなるか」
そうなるのではないかと、うすうす覚悟はしていたのだ。
「そりゃ、飼い主のために働くのが伊羅将くんだし。それに……」
意味ありげな視線を送ってくる。
「それに……なんだよ」
「だってほっとくとさあ、伊羅将くん、ネコネコマタの国に入り浸っちゃうし。花音ちゃんに取られちゃいそうだもんね。バイト中は行けないし、沖縄旅行中だって同じだもん」
珍しく溜息をついている。
「それは……悪いとは思うけどさ」
「それに勝手に決闘とか始めちゃってさ。死んだらどうすんの? 伊羅将くんを取られたりいなくなったりされたら、
なにかトゲのような記憶が、伊羅将の脳裏をかすめた。
「そう言えばレイリィ。あれ、どういう意味だよ」
「なあに。伊羅将くんと試したいエッチな体験のこと?」
「違うよ……」
あきれてレイリィの顔を眺めたが、あんまりふざけているような感じはない。
「決闘のとき言ってただろ。レイリィも死んじゃうとかなんとか」
「あー……。あれかあ……」
天を仰ぎ、唇に指を当ててなにか考えている。レイリィが黙ると、ひばりの鳴き声が聞こえてきた。天高いどこかで、盛んに鳴き交わしている。暖かな風が抜けると、川の水の匂いを運んできた。
「……話してもいいのかな」
「てか話せよ。気になる」
「じゃあ……」
どう切り出そうか迷っているような瞳だ。
「私は仙狸。契約者と魂のつながりを持ち、その力を得て命を永らえる」
「そう言ってたよな、前」
「具体的には、まあ……精を……もらうってことなんだけど」
「……」
「それでえ……。はあ……」
また黙ってしまった。
「なんで黙るんだよ」
「だあってえ……」
意味ありげに見つめてきた。
「伊羅将くんの精神的な負担になりたくないし」
「いいから話せって」
「……精をもらわないとダメなんだよ。生命力が……いずれ枯渇する。ご飯食べないと、伊羅将くんだって、いずれ死んじゃうでしょ」
「餓死ってことか」
「そう。精神的な餓死。生命力がなくなると、私はしなびて死んじゃうの。かっぱのミイラみたいに」
「見たことあんのかよ、かっぱのミイラ」
「江戸時代に見世物になってたよ」
「ふーん……」
どこかの神社の境内にある見世物小屋。まだ五歳かそこらのレイリィが、そこを覗く姿を、伊羅将は想像してみた。
「その……いつまで大丈夫なんだ」
「かっぱが?」
「違うよ」
思わず苦笑いしてしまった。
「その……精をもらわなくても」
「そうねえ……はあ」
なにか考えている
「すごーくお腹減って我慢できないって感じはないから、まだけっこう平気なんじゃないかな」
「そんなにアバウトなのか」
「当たり前じゃん」
笑われた。
「伊羅将くん。今から断食して何日後に死ぬか、自分で見当つく?」
「それもそうか」
「ただ……ときどき恋しくなる」
なんか知らんが、色っぽい流し目を送ってきた。
「本能だから。契約者である伊羅将くんとふたり、ひとつになる夢を見て」
「夢を司る妖怪なのに、自分でも夢見るのか」
「おかしいでしょ」
「ならその……」
飢えに苦しむレイリィを想像したら、言葉が勝手に出てきた。それを止めることはできなかった。
「し……してみるか」
「えっ」
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