02-5 決着

伊羅将いらはたくん。勝ったら今晩、夢でご褒美してあげる」


 観客の歓声に交じり、リンやレイリィの激励が耳に入った。王族としての立場があるためだろう。花音や陽芽はひとことも発しない。関屋瀧せきやたきは、経緯や没落貴族としての自らを考えたためか、やはり口をつぐんでいる。ちらと振り返ると、闘羅は腕組みしたまま、こちらを見つめていた。


 諫早は、なんとか剣を構え直した。ただし、上段に構えはしない。中段のまま、こちらを伺っている。これも闘羅の読みどおりだ。疲弊した相手は、もう大剣を振り回すのは無理だ。焦ってやむなく突きに来ると。紳士決闘には、試合時間の制限はない。このまま逃げられていては「いつか負ける」と悟って。


「きえーいっ!」


 派手な気合いと共に、走り込んできた。剣先をこちらの胸に向けたまま。ギリギリまでひきつけると、右足を軸に体を捻ってかわす。そのまま左足に体重を移し、回転する体の勢いを生かしたまま、右足を踏み込む。腰に構えた短剣に回転のモーメントを乗せ、相手の腰の右、人間なら腎臓がある位置を思いっきり突いた。


「いやっ!」


 諫早いさはやの悲鳴と共に、手にする剣に強い手応えがあった。走り込んだ勢いのまま足がもつれて、頭から倒れ込んでいる。


 観客の歓声がひときわ高まった。起きようと一瞬もがいたが、改めて気づいたかのように苦痛に顔を歪めると、仰向けにひっくり返った。なにかうめいている。立ち上がれない。


「そこまでっ」


 隊長の鋭い声が響いた。


「く……くそっ。ニンゲンふ、風情があっ……」


 一分も経とうかという頃、剣を杖に、ようやく体を起こした。


「奴隷の卑怯者めっ」


 剣を放り投げ、殴ろうとしてきた。よろよろ千鳥足で。隊長の制止を無視して。


 どう対処すべきか迷ったが、こいつにはムカついている。かわして右の脛を剣で軽く叩いた。奴がまた、無様にぶっ転ぶ。


 整列せよという隊長の言に従い、開始位置に戻る。奴は腰巾着の形を借りて、なんとか戻った。


「紳士決闘勝者は物部伊羅将。見事な戦いぶりであった」

「くそっ」


 隊長の判定に、奴が毒づいた。


「――そして……龍造寺諫早」

「は……はい」


 隊長は、厳しい瞳を向けた。


「試合後も殴ろうとしたのは、紳士決闘のルール違反だ。決闘後に遺恨を残さぬ決まりを、知らぬはずはなかろう。それにもちろん、貴族精神にも反することである」

「し……しかし……。そうだ、ニンゲン野郎は逃げ回るばかりで卑怯です。そっちのほうが、よっぽど――」

「黙れっ」


 叱責されて黙り込んだ。


「龍造寺、お前は審判にも楯突くのか」

「いえ……そういうわけで……は。ただ……」


 口を濁している。聞こえるか聞こえないかの声で、こちらへの侮蔑を続けた。


「龍造寺諫早」


 隊長は声のトーンを落とした。冷酷なほどに。


「お前には剣術鍛錬は無理だ。今夜中に荷物をまとめ、親元に帰れ」

「えっ……」


 ざわめきが広がった。本人もまた、みるみる青ざめている。


「でっでも……悪いのは物部の野郎で。それにこんな訓練初期で戻されるなんて、俺はどうやって取り繕ったら……」

「なあ……」


 隊長は優しい声を作った。


「知ってのとおり、これは近衛兵訓練課程の一部を用いたものだ。兵にとっていちばん重要なのは、仲間を思う気持ちと、死をも厭わない統制だ。隊長の判断に逆らうなら、そこにはことわりがなくてはならぬ。それさえあれば、神も祖霊もお前の味方になり、隊長を糾弾するだろう。……どうかな、皆。俺の判断と奴の考え、理はどちらにあるか」


 訓練場を見渡している。近衛兵が口々に、隊長です、と発言する。


唐猫谷一本からねこたにいっぽん。お前は龍造寺の後見人だ。どう思う」

「じ、自分ですか……」


 急に振られ、一本は不安そうな顔つきとなった。隊長と諫早の顔をせわしなく見比べている。


「た、隊長のおっしゃることには一理あります。し、しかしながら諫早様の言い分にも同情すべき点があり……」


 そのまま黙ってしまった。うつむき加減で、上目遣いに隊長をうかがっている。


「だからなんだ」


 促されると、体を震わせた。


「いえ別に……。ただネコネコマタの理を知らないニンゲン野郎が悪いのはたしかで……」


 さすがに隊長を糾弾するのははばかられるようだった。下手に諫早をかばって、自分も放擲はされたくないだろう。といってハリマでの立場を考えると、諫早にも逆らえない。


「私と龍造寺諫早、どちらの考えを支持するのだ」

「どど……どちらと言われましても……。隊長の言うとおりですし、諫早様の言うとおりで」


 周囲から苦笑いが漏れた。


「もういい。特に反論はなさそうだ。これにて解散」


 夕暮れのフィールドに、隊長の声が響いた。

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