02-3 決闘当日、控室

「ったくなあ。伊羅将いらはたお前、少しは自重しろよ。鍛錬に入った途端、トラブルとか。姫様の迷惑も考えろ」


 リンは、低く唸ってみせた。いよいよ紳士対決当日。訓練場脇の控室で、最後のミーティングを取っているところだ。


 そう言われ、改めて、伊羅将はなんだか気が重くなった。


 ネコネコマタの里から、直接、学園に連絡を取る方法はない。伝令の近衛兵が猫ノ巣渓谷まで出てきて連絡を取り、リンとなぜかレイリィまで駆けつけてきたのだ。もちろん、後見人たる闘鑼トラをはじめ、花音たちもここに揃っている。


「反省はしてるよ。……どうも俺、カサにきてエバる奴が我慢できない性分らしい」

「他人事みたいに……」


 あきれたような瞳で、睨まれた。


「伊羅将様はボクをただ助けようと――」

「お前、クルメだってな」


 リンが視線を注ぐ。


「クルメには縁戚がいるけど、関屋家ってのは、聞いたことがない。百年前の妖怪討伐戦で没落した旧貴族の家柄か」

「ええ……まあ。家系だけはクルメ創建近くまで遡れるんですけど。今どきなんの意味もなくて……」


 なんだか歯切れが悪い。困ったような表情を浮かべている。


「お家再興を願って金をなんとか工面し、長男のお前を鍛錬に送り込んだんだろ。王家や各部族有力子弟と知り合いになれるから。コネで将来ワンチャンがある」

「ええと……」

「そうでなきゃ、ナヨナヨした男なんか、普通は近衛兵鍛錬には出さないもんな」

「リンちゃん、そんなこと言っちゃダメだよ。誰にだって事情があるんだから」


 花音が口を挟んだ。


「いいのです、花音様」


 リンの言うとおりだと、瀧は認めた。他に子がいないので、体力のない自分がむりやりに送り込まれたのだと。


 鍛錬でヘマすれば親に殺される――。瀧の嘆きを、伊羅将は思い返した。実際に殺されるはずはないが、期待を一身に背負って来ただけに、失敗すれば廃嫡され養子に取って代わられるまでは、十分あり得そうだ。金もコネも権力もない没落貴族の子弟が廃嫡されれば、まあロクな将来はないだろう。


「なんでもいいけどさ、俺のことは伊羅将って呼んでくれよ。様扱いはなんか気持ち悪いから」

「わっわかりました伊羅将様……くん」

「いくら試合でも、完全に安全とは言えないって聞いたけど」


 どうせも良さげに、レイリィは茶菓子をつまんでいる。


「アホらしいからやめようよ、伊羅将くん。別にどうでもいいじゃん、ネコネコマタ世界での意地の張り合いなんて」

「でも花音の名誉とか言われるとなあ……」

「ますますくだらない。伊羅将くんの飼い主として、試合禁止を命令しようか。それなら私のせいにできて、ネコネコマタのバカ貴族も大喜びでしょ」

「レイリィさん、それは危険ですわ」


 陽芽が説明を始めた。ネコネコマタ貴族社会の動静と仙狸への感情を。下手に動くとかえって伊羅将の立場も危うくなる。そもそもこの場にレイリィがいることだけで、けっこうな衝撃なのだと。


「たしかにさっきレイリィを見かけた諫早と取り巻き、大騒ぎしてたもんな」


 事実だ。連中の大騒ぎを妙に気持ち良く感じる自分が不思議だったが。


「はあ? 私、澄水すみずくん公認で、王宮に出入り自由なんだけどね。王命に逆らう貴族とか、超笑っちゃうんですけど、はあ」


 あきれている。


「まあネコネコマタは部族連合社会らしいし……。絶対王政じゃないんだろうさ」

「歴史的にはまだ、封建主義社会ですわね」


 陽芽も同意した。


「レイリィもだけど、リン、お前、こっちの世界に戻るの、親に禁止されてるんだろ。大丈夫なのか」

「伊羅将が戦うとなったらなあ……」


 悪そうな笑みを浮かべた。


「見ないワケにはいかないだろ。戦いぶりを楽しみたいし、負けたら大笑いできるし」

「お前……」

「冗談さ」


 笑っている。


「まあせいいっぱい応援してやんよ。あたしはお前の彼女だからな」


 誇らしげな口調だ。


「リン、どうだ。連中の前で俺を殴ってみろよ。嘘でいいからケンカしたことにしようぜ。そしたらお前の立場良くなるだろ。親に対しても、反人類派のバカ貴族に対しても」

「ふざけんな伊羅将」


 一蹴された。


「彼氏であるお前を傷つけるくらいなら、あたしは死ぬ。それくらいの誇りはあるからな。ネコネコマタ貴族として」

「いっつも噛むくせに」

「あっあれは別だ……その」


 みるみる赤くなった。


「ネコネコマタの愛咬は愛情表現だし……その」

「もうじき始まるぞ」


 闘鑼が割って入ってきた。


「戦術的に、最後の確認をしておきたい。姫様方、もういいか」


 同意を得ると、闘鑼は詳細な確認に入った。

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