01-5 お前の実力はゴミ同然

 闘鑼トラは、紳士決闘の実際のところを、詳細に教えてくれた。決められたフィールド内で打ち合い、相手が倒れしばらく起きられないほどの打撃を与えるか戦意喪失を招けば、決着。スリップや組み合いによる転倒や小競り合いの打撃は無視される。ざっくり言えば、得物を使った総合格闘技といったイメージだ。


「じゃあ気楽にやればいいか」

「だっダメだよっ!」


 たきが口を挟んだ。


「君の名誉が懸かってる」

「そんなんどうでもいいよ、俺」

「それだけではありませんよ、お兄様。……相手はハリマ。お兄様が王家に食い込むのは、なんとしても阻止したいはず。ここで土を着けさせて、失脚への足がかりとするに違いありません」

「失脚とか……。俺、ただの高校生だし。なんならハリマのクソ野郎に土下座してやったっていい」


 思わず苦笑いが出た。


「そう思っているのは、お兄様だけです」


 厳しい瞳で、陽芽にたしなめられた。


「お兄様は、お姉様の騎士ではありませんか。無様に負けたり許しを乞うて、お姉様に恥をかかせるおつもりですか」

「べ、別にそういうつもりじゃ……」

「それにお兄様は、ネコネコマタ全体の関心の的。加えてすでに、王家の戦略に否応なく組み込まれているのです。お兄様が負ければ、王家の威光も薄れますし、ここぞとばかりまたぞろ、人類の処遇を巡って、殲滅派が力を盛り返しますよ」

「そんなこと言われてもなあ……」

「おまけにお兄様は、レイリィさんと契約する身。ほとんどのネコネコマタは、仙狸を宿敵と、はっきり認識しています。たとえ人類存続派と言えども。宿敵と契約する奴隷――。そんな立場の者を王家に迎え入れるのに、王族がどれほど大きなリスクを背負っているか、おわかりですか」


 珍しく陽芽に厳しく責められ、伊羅将は唸った。たしかにそれは、なんとなく感じてはいたことだった。ただその認識から、自分で逃げていた。恋人を敵から護っただけで、彼女の背景を全部抱えるつもりなどなかったから。でももう、たしかに自分の意志ではないところで、物事は動き始めているのかもしれない。


「陽芽。いきなり重荷を背負わせたらダメだよ。イラくんは、花音をそんな重圧から救ってくれた、大切な人なんだから」

「わかっております。お姉様」


 打って変わって優しい視線を、花音に向けた。


「ただ、わたくしたちの思いを超えたところで、事態が動いていると申し上げたかっただけですわ」

「めんどくせえなあ、まつりごとは……」


 闘鑼が頭を掻いた。


「要は勝ちゃいいんだろ。なにもかも、それなら問題は出ない。俺が戦略を考えてやるよ。後見人だからな。姫様方も伊羅将も、それでいいよな」


 全員の同意を確認して、切り出した。


「伊羅将。はっきり言えば、お前の実力はゴミ同然だ」

「……少しは言葉を選べよ」


 たしかにそうだが、思わず笑ってしまった。


「俺は戦闘部族闘鑼、たったひとりの生き残り。おべっかとは無縁だ。無理言うな」

「まあいいや。それで?」


 こちらの実力見立てと決闘での戦術を、闘鑼は開陳し始めた。


「いいか。俺が教えるとおりにやれ。得物は、木の短いナイフでいい」

「リーチの長い剣のがいいんじゃあ――」

「お前にはまだ無理だ」


 あっさり否定された。


「剣を自在に振り回せるだけの筋肉が、全然着いてない」

「相手はどう来ると思う?」

「十中八九、長剣だな。こいつは貴族の常用武器だ。あいつはバカなプライドが高そうだから、貴族様の武器を選ぶに決まってる。もちろん木剣だ。相手が長剣なら、そこにむしろ勝機がある」


 闘鑼の指導は、長く続いた。

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