01-3 奴隷ニンゲンの後見人

「邪魔だてめえ。もっと前に行け。クズ」


 先ほどの男だ。たきに向かって怒鳴っている。ずかずか近づくと、瀧の尻を思い切り蹴飛ばした。


「あっ」


 瀧が倒れる。


「グズな野郎は、もうクルメに帰れ。お前、クルメでも評判のヒョロガリだってな」

「その点、諫早いさはや様はハリマ族第一の名門貴族、龍造寺りゅうぞうじ家のご嫡男ちゃくなんだからな」


 その諫早様とかいう野郎の隣の男が、持ち上げる。だが見たところ、諫早様自体、大差ないヒョロガリなんだが。


「ちなみに俺は、龍造寺家第一の家臣、唐猫谷家の者だ。唐猫谷一本からねこたにいっぽん


 チンピラ口上そのままといった様子だ。諫早の満足げな顔を、横目で伺いながら告げている。


「列に戻れ、龍造寺」


 隊長が命じた。


「はいっ」


 言いながら、戻る足で再度、瀧を蹴っている。


「いい加減にしろよな。お前」


 思わず口をついて出た。カサに着る野郎は大嫌いだ。


「いいんだよ、伊羅将いらはたくん。ボクが――」

「なんだ、てめえ」


 瀧の言葉に割り込んできた。仕方ないので相手してやる。


「諫早サマだっけ」


 敬称つけて呼んでやったら誇らしげだ。嫌味もわからないらしい。


「お前こそさっきから、場所ひとりで大きく取りすぎじゃないか。譲るべきは諫早サマ、お前だろ」

「ぬあにおぅ……」


 ねめるような目つきで睨んでくる。全然怖くない。王家の聖地で近衛隊長に殺されかけたとき、必殺の気迫を前にしたときに比べれば。あれがドラゴンとするなら、目の前にいるのは子猫並の小物だ。


「おおお前に決闘を申し入れる」


 周囲にざわめきが広がった。


「はあ? 寝言はよせっての」

「せ、正式な要請だからな」

「アホか」


 手を振って立ち位置に戻ろうとした。


「待てっ!」


 隊長が制止してきた。


「龍造寺諫早」

「はいっ」


 諫早が背筋を伸ばす。


「正式に申し込むのか、決闘を」

「そうであります。隊長殿」

「果たし合いでなく、紳士決闘でいいのだな」

「た……隊長殿のご指示なら、不満ですが従います」


 言ってるものの、声が震えている。


物部伊羅将もののべのいらはた

「はいっ」

「お前はそれでいいか」

「隊長殿。恐縮ですが、決闘についてはなにも存じ上げません。それに意味なく命を危険に晒すのは、自分にとっても相手にとっても愚かな行為と考えます」

「それもそうだ。お前はヒトだからな。だが……」


 訓練場の一同を見渡しながら、隊長はしばらく黙っていた。なにか考えている表情だ。


「お前たちは、体剣術の基礎をひととおり学んだところだ。それを生かした試合としてなら、面白いかもしれん」


 こちらの目を見つめてきた。気のせいか、厳しい瞳の裏に、面白がっているような色が浮かんでいる。


「紳士決闘を許可する」


 おおーっというどよめきが、周囲あちこちから巻き起こった。


「しかし隊長」

「心配するな物部」


 初めて、隊長は楽しそうな笑みを漏らした。


「紳士決闘では命のやり取りはない。黙って聞いておけ。――決闘は明日昼刻、この場所で行う。双方、後見人を選定せよ」

「隊長、諫早様の後見人は自分がやります」


 例のおべんちゃら野郎が手を上げた。


「物部の後見人は……」

「後見人って?」


 後見人というからには、おそらく武器手配とか戦術の手助けのことだろう。伊羅将は周囲を伺った。誰も名乗り出ない。なにしろこちらはニンゲン、ネコネコマタからすれば奴隷の下僕野郎だ。貴族連中から見ればなおのこと、邪魔な存在なのかもしれない。


「あの……ボク――いや自分が」


 おずおずといった様子で、瀧が手を上げた。


「待て。お前にはクルメ親元の顔がある」


 初めて、闘鑼トラが口を開いた。


「ニンゲン相手に無理するな。俺がやる。どうせ天涯孤独だからな。誰にも迷惑はかからん」


 立ち上がると、顎など掻いている。さらに大きなどよめきが、訓練場を包んだ。

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