01-2 王宮で体剣術稽古
「よし止めっ」
近衛隊長の命令が響いた。
「しばらく休憩する。水を飲め」
――やっとかよ。
合図に従い、近衛隊訓練所の脇にある椅子に、
「ふう……」
伊羅将は、額の汗を拭った。週末を利用して、ネコネコマタ王宮で剣術の稽古をつけてもらっている。周囲は同世代の各部族代表者で、全員、真剣そのもの。ひとりだけダラけて怠けるわけにもいかず、否応なしにマジな鍛錬に巻き込まれているのだ。
周囲では、ネコネコマタの軽装に身を包んだ貴族の子弟たちが、やはりへたり込んでいる。天を仰いで荒い息をついていたり、隣の奴となにか話していたり。指導するのは隊長以下、数人の近衛兵。それになんのためか不明だが、
この異界に出入りするようになってわかったが、ネコネコマタは通常、種族本来の姿ではなく、人型で暮らしている。それは、種族型にならない(なれない?)王家への忠誠のためと聞いた。多分、それ以外にも理由はあるだろう。種族の姿になるのは、自分の部屋でひとりになるとき、あとは成人を迎えるイニシエーションの折など、生涯何度もない「命懸けの勝負の場」くらいという話だった。
だから、この訓練でも皆、人型だ。種族の姿で戦うときは、おそらく戦闘法も武器も違うだろう。もしかしたら素手のほうが強いかもしれない。王家の聖地でのリンや闘鑼の戦い方のように。
もう三十分あまり、木剣を用いた形稽古を繰り返していた。刀身四十センチほどの小振りのものだが、振り回し続けているので、とにかく肩がキツい。握り締め続けて、手の力も抜けそうだ。つくづく握力がないなと、伊羅将はひとりごちた。
「けっこう難しいな」
思わず愚痴る。
「まだこれ、初歩ですからね」
隣のネコネコマタに声を掛けられた。線が細く、小柄な男だ。花音やリンから判断する限り、ネコネコマタの生育は、人類とそう違いはない。だからこの男も、歳は自分と大差ないだろう。
「
「物部の――」
「伊羅将様でしょ。英雄だ」
手を出されたので、椅子から腰を浮かせて握り返した。無我夢中で結婚式に殴り込んだだけなのに英雄扱いはなんか違う気がするが、面倒なのでいつも放っておくことにしている。
「こんなに体を捻るの無理だって。絶対倒れちまうし」
日本の剣道などと比べると、とにかく複雑だ。体を捻って踏み込むなど、ネコネコマタならではの体の柔軟性を生かした形が多く、難儀していた。ニンゲンである自分がやると、どうしても重心が乱れて足がもつれたりしてしまう。
「まだマシですって。体剣術をマスターしたら、次は甲冑剣術。重い甲冑を身にまとって長剣や短剣の鍛錬ですからね」
事前に受けたレクチャーを、伊羅将は思い返した。近衛隊長によると、ネコネコマタの剣術は、大きく二種に分かれる。
まずは同類や妖怪など、敏捷な敵を倒すための体剣術。素早さが命なので軽装で、用いるのも短剣だ。もうひとつが甲冑剣術。こちらは近衛兵ならではの剣術で、重装備同士が甲冑の隙間の急所を刺突したり、モーニングスターや
甲冑剣術は、とにかく体力が必要だ。まずは体剣術で基礎を学びつつ体力をつけ、その後に甲冑剣術に進む。だから伊羅将と共に学ぶネコネコマタもまだ成長途上の個体ばかりで、ほぼ同年代といった状況だ。
「そうだけど、ネコネコマタでない俺には厳しいというか……」
「同じですよ。ボクだって、この鍛錬でヘマすれば親に殺されますから」
「殺されるって――」
あらためて、瀧の表情を伺った。冗談を言っているようには見えない。女のような優男が、ただただ溜息をついているだけだ。
「それどういう――」
「休憩終了」
隊長の言葉が響いた。
「鍛錬位置に戻れ」
諦めきったような笑みを浮かべて、瀧が列に戻る。瀧の隣、自分が立っていたと思しき位置に、伊羅将も戻った。
「次は大きく踏み込んでの刺突を訓練する。敵が立っていると想定し、急所である腋窩動脈を狙え。脇の下にある」
「隊長。敵ってのは、ニンゲンと考えていいですか。奴隷で下僕のニンゲンと」
瀧の後ろに立っている男が、声を上げた。大声に驚いて見ると、こちらを見てニヤけている。背がひょろっと高くなよなよしている。目つきが粘つくようだ。
「……この段階では、まだ模擬試合はしない。相手は好きに仮定しろ」
「じゃあニンゲン野郎を殺す気でやります」
嫌な奴だ。こっそり溜息をつくと、無視することに決めた。
隊長に指名された近衛隊員がまず形を見せ、それを真似る形で、皆、形稽古に励む。腰をぐっと落とし、そこから一気に伸び上がるようにしながら前方に突進。仮想の左脇を狙って剣を突き出す。
「上半身だけで刺しても力は出ない。もっと腰を入れろ。そんなヒョロヒョロ剣、布の服にだって弾き返されるぞ」
隊長から、遠慮ない叱責が飛ぶ。三分も持たず息が上がり、汗が目に入って痛む。フラフラになって座り込みそうになったそのとき、叫び声が上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます