運命の死闘編
01 奴隷ニンゲンの後見人
01-1 芝桜のケーキタイム
「たいへんだなあ……イラくん」
ネコネコマタの世界。眼下に広がる近衛隊訓練場を見下ろして、
王宮の主宮殿裏に広がる広大な丘を利用して、訓練場は設けられていた。各部族を代表する幹部候補生と共に、そこで
激しい訓練でも埃を立てず、また転倒時の怪我の可能性を下げるため、ニンゲンの国から移植された芝桜が、訓練場に敷き詰められている。六月頭のうららかな陽光を受け、満開の芝桜で訓練場は桃花色に輝き、特有のキツめの香りが漂っていた。
「お姉さまの騎士に
「うん……そうだね」
そうした噂を、たしかに聞いたことがある。自分と関わることで伊羅将に降りかかる重圧を思い、花音は暗い気持ちになった。
「花音がもっとイラくんを助けてあげないと……」
「でも平気ですわ」
陽芽が笑いかけてきた。
「お兄様はああ見えて、気持ちのお強い方。ましてお姉様を守るためとなれば、死に物狂いでお働きになられるでしょう。サミエルとの結婚から、お姉様をお救いになったように」
「イラくん、かっこよかった……」
「お姉様ったら、顔が赤くなっておられますわよ」
「えへっ」
「お兄様の真摯なお心持ちは、遅かれ早かれ各部族の族長や貴族の方々に伝わりましょう。なにせ一時は滅ぼそうと決意したしもべ、つまりニンゲンが王家に関わってきたのです。一時的な反発が起こるのは当然。お兄様の美点を、いずれわかってもらえれば問題ない。わたくしはそう考えております。それより……」
意味ありげに言い淀むと、ケーキをまた口に運んでいる。
「それより――なあに?」
周囲に、陽芽は視線を投げた。執事や護衛の近衛兵が、意図を悟ってふたりと距離を置く。
「わたくしに入ってくる情報によれば、大海崎が厳しいようですわ」
「大海崎……。リンちゃんのとこ?」
陽芽は頷いた。
「でもリンちゃん、大活躍だったじゃない。花音とサミエルくんの婚姻の儀で。イラくん助けて大暴れしてくれたよ。花音のために」
「ええ……。たしかにそうですけれど」
眉を寄せたまままたお茶を含むと、陽芽は説明を始めた。
それはたしかに、陰謀を暴き王族を救出した英雄的行為ではあった。とはいえそれは結果論。部族族長の決定に反した単独行為であることに違いはない。王家より先に、族長に忠誠を誓うのが、ネコネコマタ貴族の務め。大海崎を政治的に蹴落とそうとする勢力が、そこを衝いて責めている。結果オーライの英雄など、危険なだけだと。
「そんなことになってるんだ……」
花音は考えた。ネコネコマタはそもそも、多数の部族からなる部族連合だ。それぞれに掟や法典があり、司法も行政も独立している。
王家も元は一部族。かつてネコネコマタ全体が危機に陥ったとき、全部族をまとめ乗り切ったのが、一万二千年もの歴史を誇るクルメ族の多麻王。危機回避後、クルメ優先政治になるのではという各部族の懸念を感じ、自らクルメを出、ひとりで「連合統治のためだけ」の部族を創建した。それが王族の起源だ。
「リンちゃん、でもいつもどおり元気いっぱいだけど」
「そう演じているだけですわ。あれからネコネコマタの地に一度も足を踏み入れていないのは、父親に禁じられているからです。ほとぼりが冷めるまでは顔を出すなと」
いつ会っても裏表なく明るいリンの面影を、花音は思い浮かべた。
「じゃあ、花音もフォローしてあげないとね。なるだけリンちゃんと一緒にいて、王族がバックについてるってアピールしたほうがいいもの」
「ええお姉様」
陽芽は微笑んだ。
「いい考えだと思いますわ」
――大丈夫かなあ……リンちゃん。
天を仰ぎ、同級生であり大切な友である大海崎リンのために祈った。そのとき――。
そのとき、はるか眼下の伊羅将の周囲で、騒動が起こった。
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