二. 意気投合



 なぁ、秋瀬……



 人気ひとけのなくなった町外れの道で声をかけてくるのはただ一人。綱島も高泉ももう居ない。ここから先が同じなのはユキと私だけだ。



「あの、さ、さっきのって、やっぱり本当?」


「何がだ」


「いや、何って……」



 本当に何だったか。夏南汰は首を傾げつつ彼を見上げる。次第に赤みの増していく顔色から分析していく。


 この恥じらう乙女のような悩ましげな表情。と、いうことは……



「キッスか」



「言わなくていいよっ!」



 更にはじんわり汗まで滲ませて慌てふためくユキはやはり面白い。



 何でもはっきり口にする方と恥ずかしがり屋な方。ここまで真逆である彼との友人関係が始まったのは中学の頃だった。





「秋瀬……何て読むんだい?」



 入学したばかりのある日、気がつくと隣の少年がこちらを覗き込んでいた。教科書の表紙に記した名を見つめていた。


 こんな大人しそうな奴がよくもまぁ話しかけてきたもんだ。笑っているのか困っているのかよくわからない表情。なのによく見りゃ顔立ちはやたら大人びていて背も遥かに高いと伺えた。


 何だか自分に欠けている要素を全て持ち合わせているような彼に対して、素直に笑い返すことは出来なかった。それどころか、さもつまらなそうな声で。



「……カナタ」




 そうだ。今更ではあるがこの私も男子である。“俺”でも“僕”でも“わし”でもなく“私”と称するところ、更には実年齢より幼く見える顔立ちのせいでよく誤解されるが、あくまでも、男子、である。


 肩までの黒髪を後ろで束ねているのだって決して趣味ではない。就寝時、この髪で首を覆っていないと風邪をひく。そのような経験がある。それだけのことだ。




「秋瀬……なのに、夏? 面白い矛盾だね」



 そこで彼は肩を震わせて笑い出した。憮然とした夏南汰は白い眼差しを容赦もなく送ってやった。



(私かて気に入ってはいない)


 そう思った。


(しかも何故矛盾とまで言われねばならぬ? 女性たちなど籍を入れれば姓も変わるのだぞ。こんな組み合わせになることだって……きっとある)


 そう思った。



 そのときふと、気付いたのだ。覗き返してみれば何のことはない。反撃の為の材料を見つけた夏南汰はにんまりと笑って




「それは君もじゃないか」




『春日雪之丞』




「あ……っ」





 何を今更驚いている。まさか今の今まで自覚したことがなかったのか? そう察するなり腹部からたまらない痙攣が起こった。話題にではない、大人びた顔に似合わないまぁるい目ん玉に笑ったのだ。




 春、なのに、雪。


 異なる季節が共に在ることを矛盾と称するならば……きっと。



 君も私も、枠になど囚われない存在なのだよ。





 ……せ、ねぇ、秋瀬。




 民家の庭の大木が落とす木陰のもと、思いを馳せていた夏南汰は再び現在へ戻る。


 今もこうして傍に居る。どういうつもりなのか真逆の因子である自分にひょこひょこと付いてくる。背はますます伸びたがあの頃と変わらない眼差しをしている、不安げなユキを見上げて言った。



「少しばかり強がってしまったかのう」



 まぁるく見開いた後はやたらと長い息を吐く。もう気付いているさ、ユキはこれで案外負けず嫌いなのだ。



「嘘は良くないよ、秋瀬」


「先を越されたと思ったか?」



 悪戯いたずらっぽく笑ってやると困り顔で目を泳がせる。もう久しく見ていない、君の満面の笑みが見てみたいものだ。

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