真夏の雪に逢いに行こう

七瀬渚

Prologue

~開幕~


 静寂など最初から在りはしなかった。所狭しと満たされひしめいているこの場にもやがて暗転が訪れるのだろう。


 ふと視線を巡らせる高みで、改めて“現在”を確かめる。




(まさかここまでだとは、な……)




“ご来場の皆様。本日はお足元の悪い中、お越し頂きまして誠に……”




(足元? 悪かっただろうか? そんな気がしなくもないが)




 正直に言ってしまえばここまでどうやって来たのかだってろくに覚えてはいない。チケットの手配は何ヶ月前のことだったろうか。予約サイトにカーソルを走らせている自身に仰天する頃にはすでに購入ボタンとやらをクリックしていた。


 おかげでその後が結構面倒なことになった。今でもそこそこ人気の舞台だと聞いた。しかも今回は今をときめく若手俳優が主役に抜擢されたときている。


 何だかほっぽり投げるのはファンに失礼なのではないか、と……




――いや。



 所詮は言い訳だ。望んでもいない指先が一体どうやってカーソルを這いずらせ購入まで至らしめると言うのか。



 無かったことにだって出来たはずだ、私ならば。




“さぁ、いよいよ開幕です!”




 おや、もう始まるとな。



 まるで茶化すかのような呟きを胸の内に留めていることも




“孤高にして麗しき氷の人形アイスドールが生涯をかけて綴った名作!”




 まるで他人事ひとごとみたいにこんな場所から高みの見物をしている自身にも、笑えてきてしまいそうだよ。実に、滑稽で……ね。




 そしてついに幕は上がる。




 暗転の降りた中。闇の中。


 徐々に拡大していく舞台の明かりだけが頼りである中、黒髪彩る銀縁眼鏡が、いや、その更に奥が刹那に煌めいたのは一体何によるものか。



 高鳴りに合わせて決意が固まっていく。やがて舞台上に現れた今をときめくイケメン若手俳優。もとい、“かつて”をしかと受け止めて。



 言い聞かす。




(見届けようと決めたではないか、のう?)




「……カナタよ」

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