6
残った皆の前に出た翔太に、もう憂いは無かった。良かった。冗談も言えるようには持ち直ってくれた。
「陸田さん。手伝って下さい」
意味深に私を見てくる陸田さん。 ……聞かれていたみたいだった。そりゃあ古い洋館に、防音設備なんて無いよね……ああ。恥ずかしい。快く受け入れてくれた陸田さんは、親友の敵討ちって言う意味の無い事に付き合ってくれるようだ。ありがとうございます。食堂を出て行く翔太達の後を追う。
「面白い子」
え? ……後ろ髪を引かれた。
入り口に溜まった夥しい血は、すでに固まっているようだった。記憶を辿れば、扉の隙間の冷たい光景が思い出された。両手、首を切断された成瀬和樹さんの惨殺死体。検死をお願いしようとしたら、死体発見の2時間位前だと教えてくれた。流石医者だと思った。テーブルに置いてあった箱の中には、血がついていない鍵があった。 ……例えば細い紐を使ってうまい具合に鍵を入れる事は出来るとは思うが、血がついていない鍵。そして尚且つ箱の中に入れる事は不可能……。
考えろ。両小指を力強く握った。秀介のために。無意識の内の癖だったが、そうか納得が行った。親友、友達を守る決意だったのかもしれない。考えろ考えろ。考えてダメなら情報を集めろ。陸田さん。何か気になった点はありましたか?
「成瀬さんの着ていた服に、血がほとんどついていなかったわ」
と言う事は、鍵を入れた後に血を入れた? いや、そのほうが良いのかもしれないが、それだったら成瀬さんの服に血がついていない理由が説明できない。首を切断されて、着ていた服に血がつかないわけが無い。犯人が何らかの理由で着替えさせたと考えるのが妥当。 ……何だ? 何のために?
「翔太」
振り向くと、由佳は震えていた。 ……無理も無い。こいつはこう言うのがとても苦手だ。部屋に戻るように促すが、由佳は首を振った。
「協力するって、言ったから」
……そっか。
「どうして、トランプを切り裂いたりしたんだろ……」
由佳の言う事も最もだった。それに、わざわざ死体を切断した理由も。 ……人体を切断するのって、そんなに簡単に出来ないと思う。しかし、それを犯人は実行に移した。見た目以上の理由があるのかもしれない。箱の中を確認してみる。2種類のトランプ、鍵、未開封のタバコ。
一見すると不可能な状況、だが殺人である事は紛れも無い事実。 ……何だ? 何かこの状況に、穴があるような……。
胃が激しく持ち上がった。毛布をかけられた部屋の隅に視線を移し、目を閉じた。
「秀介君の死亡推定時刻は、例の爆発が起こった直前あたりよ」
あのヘリの爆発自体が、俺や由佳を秀介から引き離すための罠……。 由佳が俺の手を心配そうに握ってくれた。 ……そうだ。すまん秀介。今だけはお前のために、お前の事を忘れよう。決意なら、さっき済ませたではないか。
「申し上げにくいのだけれど……」
俯く陸田さんに振り返ると、唇をかみ締めていた。
「秀介君の首や手は、切られたのではなく、引き千切られたような跡だった」
…………。 ギリッ……! 溢れる怒りを、深呼吸で抑え込む!
「床に刺さってた斧による傷ではなかったわ……。 それと、出血の具合から言って、彼は生きた状態で体を切断された……」
「ひ、酷い……」
由佳は青褪めた。俺は声を荒げる事しか出来なかった。あいつはそんな事をされるような奴じゃないのは、俺が一番良く知ってる。例えそうだとしても、まるで拷問のようなやり方で殺すなんて事して良い訳が無かった!
もう1度、秀介を見た。毛布に隠れて見えない秀介を見た。絶対に許さねえぞキラークイーン……!
4つに裂かれたJoker。両手、首、胴体をふざけて並べた愉快犯。だが恐ろしく頭の良い。拳を痛い程に握り、胴体が置かれた窓を開けると、雨は弱くなっていた。警察がいつ来るか分からない状況で、これ以上犠牲者を出さないためには、何としても夜明けまでに何とかしないとやばい。
……ん? 開けた窓の桟を見た。赤。指で救った。 ……紛れも無い、血。と言う事は、少なくとも、事件当時この窓は開いていた? そして。ギリッ……。 引き千切られた……。 何か無いか。
テーブル。毛布。ベッド。豪華な調度品の数々。 ……再度辺りを見回した。
「翔太?」
ここにも奇妙な穴。と言う事は、古澤さんの部屋にも……。 確かめない手は無かった。秀介を再度見た。今度はチクリと胸が痛んだ。
そして最初に殺された古澤さんは、一昨日の夜9時から9時半の間に殺された。死因は毒物によるショック死……。
「彼女は、殺された後、時間を置いて首と両手は切断されていたわ」
皆が寝静まった午前2時から2時半。そして鍵は行儀良く座っていたイスの下。全員が3階の遊技場にいた。そして長く部屋を空けた人はいなかった……。 いや、違うか。森田さんだけはその場に長時間いなかった筈……。 だとしたら犯人は森田さん……と考えるのが妥当かもしれない。合鍵だって持っている。これ以上の状況証拠は無いだろう……。 だが、それ以外の人間にアリバイがある状況が気になるし、いくつも残る不可能の穴を、森田さんが犯人という前提で説明する事は出来ない。
「部屋には鍵がかかっていたとすると、疑うべきはあの執事とメイド、って所?」
あの2人のどちらかが犯人だとしたら、俺だったら自殺に見せかける筈と考える。わざわざ両手と首を切断した理由が、何かある筈。 ……この状況をわざわざ作り出したのが、ここの穴だと直感的に思った。 ……それに暗号文。首を刈られ、並べられる。古澤さんの死体を見て、俺は何を思った? 驚いて言葉が出なかった筈。
……そうだ。4つに裂かれたトランプと、両手と首を切断されて4分割にされた古澤さん。最初に反射的に、暗号文になぞらえられたと誤認した? ……厳密には見立てられていない。古澤さんの両手と首を切断すれば、犯人にとって都合の良い状況が作られると踏んで……。であれば、首以外に両手を切断した理由が絶対にあると言う事。陸田さんに毒が入っていたと思われる場所を聞いてみると、コーヒーカップの中。
……あのカップはランダムに配られた。森田さんと楓さんが犯人でないとしても……ああ。そうか。方法はあるか。古澤さんは一人だけ、部屋に戻ったのだ。流石に毒の成分までは細かく分からないだろうと陸田さんは言った。なら、十分に可能に組み上がる。
食堂に戻ると、楓さんと森田さんが煙草を吸っていた。
「こんな事になってしまったから、もう良いでしょう。私だって余裕は無いわ」
最初に私が受けた印象とは、随分変わっていた。皆を1度で沈黙させてしまう、通る声。本当にただのメイドなのだろうか。それに、聞き間違いじゃなければ……。
「面白い子……」
そう、言ってた気がする。誰が犯人でもおかしくない状況だった。遂行した殺人の捜査に関して口にした感想だとしたら?
「女性の喫煙、俺は良いと思います」
ううん。翔太がこう言ってるんだ。犯人が分かるまで、何も言わないでおこう。
「申し訳ありません……」
謝る森田さんをよそに、祈るように手を組んで座っている由美さん。緊迫の連続は、激しく消耗してしまう。
「殺されるよりましよ」
「そうですね」
由美さんと陸田さんの言う通りだった。そうだ。誰だって助かりたいんだ。
イヤホンで音楽を聴いている森田さんは俯いていた。最初に受けた初老スマイルからはかけ離れている気がしたが、クラシックでも聴いているのだろうか。落ち着かないようにイヤホンを外し、煙草の煙を吐く森田さんを何気なく見ていた。
面白いなこの人……。 そんな事を漠然と思っていた。不意にイヤホンを伸ばし、収納を始めた森田さん。あ。俺が見ていたからか。すみません……と言おうとし、収納されたイヤホンに視線が固まった。
「……吉野様? ……何か?」
自動巻取り……ホルダーと言う名前だっただろうか。 ……そうか。秀介がどうやってあんな酷い方法で殺されたのか……。
秀介殺しの方法は分かった。
「ホント? 翔太!」
……しかし、分かった所でまだまだ分からない事が多過ぎた。ネックになるのは、やっぱり血溜りの密室……。
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