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 考え込んでいる吉野君。本当に面白い子。事件が起こる前のふざけた性格はわざと、だったわけね……。 友達を誰よりも思い、誰よりも悟られたくない。そんな所かしら。

 走ってどこかへ行く吉野君と鮎川さん。持っていた煙草の火を消す。 ……興味が沸いた。彼になら、あの不可思議な現象も、解く事が出来るかしら。 ……ゆっくり観察する事にしましょう。



 鍵がかかった箱の中に、部屋の鍵を入れる。扉の下の隙間から。血の跡を残さずに。

「ねえ翔太。例えば、下じゃなくて上から通すって出来ないのかな?」

 鍵を持ち、扉の上の隙間に通……らないな。落胆する由佳。 ……こいつは難しいな。


 カン!


 え? 俺と由佳は硬直した。 ……今の音は何だ?

 辺りを見回すが誰もいない。 ……小さなモノが、落ちたような音? ……あ。これか。さっきまで調べていた、小さな箱。その蓋が閉まった音だった。

「脅かさないでよ……」

 心底ホッとしている様子だった。悪い悪い。 ……疑問が浮かぶ。何故この箱の鍵が閉まっているのだろう? 俺は確か……鍵を上げた状態にしていた筈だ。思いついたように、房下りを持ち上げた状態にして手を離した。

 カン! 上がったまま。 ……蓋に対して水平の状態にし、蓋を持ち上げ手を離す。カン! ……鍵が閉まった……。

「さっきから何してるの?」

 扉の方を見る。血溜りが出来ていたが、よくよく見れば向かって右端だけ、わずかだが血溜りが無い……。

 思い出せ。俺が部屋の外から覗き込んだ時、その場所には何があった? ……中央に首。首の向かって左側……両手だ! そしてこの血溜りさえ超えてしまえば、血は着かない…。 なるほど……単なる演出じゃ無かったってわけか。箱に鍵を戻し、ふと箱の外の部分に目をやる。 ……K.O? ハッとした。



「由美さん!」

 開口一番、翔太は由美さんに問いかけた。どうしたの……。 由美さんもビックリしている。

「旦那さんの旧姓教えて頂けますか?」

 ……え? どうし……。

「どうして分かったの?」

「持ち物の箱に、K.Oって書かれてた。良いから早く教えて下さい!」

「尾形……だけど……」

 ……あ。もしかして。前にチラッとだけ聞いたけど、暗号? ってどこ行くの翔太!



 殺害方法は分かった。後は決定的な証拠。両小指を絡めた。考えろ。薬物が入った容器。何でも良い。思い出せ。これ以上、情報が出るとは思えない。この瞬間にも誰かが何かをするつもりなら、それさえ見つければ……。 館内の至る所を探すが、それらしきものは見つからなかった。ここまで来てるのに。焦りだけが積もる。目を閉じた。ここに来るきっかけ。車の中。そしてここへ来てから色々な事がありすぎた。その全てを思い出せ。暗号になぞらえたと思わせた理由。秀介をあんな目に合わせた理由! 生きたままバラバラにしやがったその理由!


 そして、証拠を、見つけた。息を切らせながら、由佳が俺の名前を呼んだ。


 闘技場に、皆を集めてくれ。由佳。


 可能は組み上がった。



 3階の遊技場前には、両小指を絡め、口元に手を当てた翔太が目を閉じて待っていた。祈っているのか。考えているのかは分からなかった。

「本当に犯人が分かったのかしら?」

 ゆっくりと翔太は頷いた。窓からは朝日が見えていた。

「誰が主人を殺したの!? やっぱりこの女が!」

「……小川様では無いですか?」

 森田さんが告げた可能性を、翔太はいともあっさり否定した。

「……殺人の方法から話す」

 翔太が暗いのは、有村君を思い出しているからだろう。必死に憎しみを抑えている気持ちがどういうものか。真っ白になりそうな頭を、考えなければならない理論で辛うじて抑えられていると思った。安心して良いから。そうなったら私が翔太を止めてあげるから。

「古澤さんが殺された時、森田さん以外の全員にアリバイがあった。死因はコーヒーカップの毒。カップは完全にランダムに配られた状況でどうやって古澤さんだけに毒を飲ませたか」

 背を向けていた翔太が振り返る。皆が息を呑んだ。

「コーヒーカップ全てに、遅効性の毒が盛られていた」

「何ですって!?」

 私達、何とも無かったのに? 楓さんの表情が笑顔なのが気になった。まさか……。

「食堂に置かれていた砂糖に、毒を中和する解毒剤が入っていた」

「……なるほど」

 確か毒の成分までを調べるのは無理だと、陸田さんは言っていた。それに……。

「あの時全員砂糖を入れていたし、小川さんはコーヒーを飲まなかった」

「……我々も」

「飲んでいないわね」

「しかし、古澤さんの部屋の砂糖は解毒剤の入っていない普通の砂糖」

 でも、その話が本当だとしたら、彼女がいつ死ぬかは計算できても、どこで死ぬかは分からない。由美さんの言う事は最もだった。

「恐らく遺産の隠し場所を突き止めるために古澤さんは部屋に戻った。犯人はその心理を読んでいた。だから一番は彼女が部屋の中で死んでいる状況だが、当然犯人はリスクとして考えていた。だから毒が効いて来る時間帯に様子を見に行った」

 様子を……っ!

「違う! 私じゃありません!」

「森田さんは犯人じゃない。様子を見に行くだけなら、5分もあれば可能」

 それなら、どう言う事かしらと、楓さんは押した。

「懸念通り、彼女は部屋の外で息絶えていた。犯人はそれさえ利用した。首と手を切り落として、あたかも今回のゲームの見立てであるかのように」

 部屋でそのまま息絶えていたならそれで良し。そして仮に部屋を出て行ったとしても。せいぜい遊技場か廊下。或いは食堂。部屋に引きずっていけば良し。森田さん、或いは私達に発見されても、自分はアリバイを手に入れる事が出来る。 ……聞いただけでも恐ろしかった。それをやり遂げてしまった……。

「トランプが4つに切られていたのも、スペードのQが現場に置かれていたのも、見立てである事を強調するため」

「どのような理由か聞かせて貰えるかしら」

 再び拳を握った翔太。

「……由美さんの名前を使って成瀬さんを呼び出した犯人は、部屋から出て来た彼を殺害し、素早く部屋に忍び込んで手と首を切断した」



 実証したい事があると言い、吉野君の部屋に移動した。事件の真相を話していると言うのに、その表情からは自信も何も伺えなかった。話し方は淡々としていた。 ……一体どうしたのかしら。しかし、それさえも興味深かった。いつの間に持って来たのか、吉野君は水の入ったバケツを持っていた。

「この水は血の変わりと思って欲しい」

 現場と同じように水を撒いて行く。あの血塗れの舞台と同じように。

「遺体発見当時、扉傍の部分だけ血が流れていなかった。森田さん、成瀬さんの手と頭の役をやってくれませんか? ……濡れてしまって申し訳ないですが」

 森田さんは頷くと、手と首が事件と同じ状態になるように寝た(勿論、実際に切断するわけには行かないからかなり無理な格好になってしまっているけれど)。

 向かって扉左側にもたれかかり、座る鮎川さんは、胴体の代わり。 ……なるほど。これなら確かに血に触れずに鍵を中に入れる事は出来るかもしれない。

「配置は整った。次に箱」

 吉野君は、箱の房下りを半分だけ起こし箱を開け、タバコを縦にして箱に挟んで蓋を閉じ、半開きの状態に手際良く行っていった。

「まずは釣り糸に鍵を通す」

 先端に輪が作られた釣り糸に鍵を通し、タバコに輪を潜らせて行く。箱の隙間から釣り糸を通し、鍵と一緒に持って扉の前に来る。

「ここからが重要。良く見て」

 釣り糸を纏めて鮎川さんの肩に引っ掛け、森田さんの頭上、手の上に来るようにし、森田の指に釣り糸を引っ掛けた後、濡れていない床、扉の下に釣り糸を通して行く吉野君。

「あの時死体が扉の前にあったのは、鍵を血で濡らさない為のアイテム」

 つまり、不可能を可能に見せるための配置。そして血は、扉の下から鍵を入れられないと錯覚させる演出の役割も果たしていた……って事ね。

 後は実践するだけ。部屋を出て行く吉野君。

「良く見て」

 扉の隙間から鍵が入って来て、森田さんの手の上、頬の上を通過して行く。鮎川さんの肩を通過した鍵は、そのまま箱の中へと入って行く。蓋の隙間に鍵が引っかかり、鍵に引っかかった糸が巻き取られる。釣り糸の輪の部分が引っ張られ、タバコが中に落ち、蓋が勢い良く閉まる。半分だけ開けられた房下りが閉じ、箱に鍵がかけられる。釣り糸が箱の反対側の隙間から出て来て、扉の下を全て通過し、見えなくなる。入って来る吉野君が、森田さんにタオルを渡す。

「箱の蓋とタバコの重さの合計は、鍵より重い。だからタバコが落ちる事は無い」

 表情から読めなかったけれど、考えは最後までまとまっているようね。もっと見せて。笑顔でいる事を自覚した。

「良く気付いたわね……」

「成瀬さんの服に血がついて無かったから」

 一度着替えさせた事に意味を見出すのだとしたら、死体に血がついていては不都合な事があるから。 ……何事にも完璧は存在しないものね。

「両手と首が切断された本当の理由は」

「紐が使えない密室を演出するため」

 もっと見せて。貴方の大切なお友達が殺されたのにも、何か理由があるって事でしょう? もっと見せて?

「ついて来て」

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