第3話 飛翔

───ふと遠い記憶が甦る。十年以上も昔の記憶。


ボロをまとった少女は夜族の屍の山の頂で息をきらせて倒れていた。

「あらぁ、1000体の夜族相手によく生き残ったわね。目をかけただけあるわ。いえ、それ以上ね」

空から女人型の夜族が少女に語りかける。

「ふふ、気に入ったわ。私の隣に貴女をおいてあげる。そうそう、ご褒美をあげないとね」

肩で息する少女の近くに降り立つと、彼女は少女の左耳にイヤリングをつけた。

「人間が私の側近になったと知ればこの先も貴女は全ての夜族に狙われるでしょう。人間である以上その身には限界がある。この魔道具を使えばその場はしのげる。ただし使用したぶんだけ自分の寿命が縮まる。貴女がこれからどうこれを使って、どのような最期を迎えるのか私に見せてちょうだい」


長髪のポニーテールのメイドはゆっくりと歩み、月光に姿を晒した。

「メイド!?」

神聖教会法術士のフィーアは構えた拳銃を降ろさずに続けた。

「何用か知らないけど今夜は外出しないほうがいいわ」

「そう・・・忠告には感謝するわ。急いでいるの」

メイドはフィーアの目の前を横切ると自らの進路へと駆け出す。フィーアは拳銃を降ろすとつられてメイドのあとを追う。

「あなた何者?」

「名は絵里華(エリカ)。使用人よ。なぜついてくるの?」

「ひとつ聞きたいんだけど、エリカ、あなた金髪の男の姿をした夜族を見なかった?」

エリカの表情がきついものに変わる。

「あなたもヤツに用事?」

「知っているの!?教えて!」

「あそこよ」

エリカが指差すそれは天空に大きく開いた人界と魔界との裂け目。

「なに・・・あれ・・・?」

「今頃気づいたの?そもそもあなた法術士のくせにこんなところで何してるの?」

「くせにって・・・こっちにもいろいろ事情があるのよっ!」

駆け出して十数分、魔術師と夜族たちとの戦音が大きく聞こえてくる。

「ところでエリカはあの中にどうやって飛び込むつもり?魔術師のように空でも飛べるの?」

フィーアは裂け目がかなり上空にあることを再確認したうえでエリカに話しかける。

「足場はあるわ」

「足場?え・・・まさか」

上空に無数にはびこる夜族たちをエリカは足場と言ったのだとすぐに気づく。

「あなたこそ飛べるの?」

「飛べるわ。そのあとしばらく動けなくなるけどね。さてひとつ交渉したいんだけど」

フィーアは駆ける足を止め、拳銃を構えなおした。エリカも大木に身を隠し、戦闘体勢をとる。

「囲まれたわ」

エリカは森の周囲から夜族の気配を察知し、突破が容易でないことを悟る。

「エリカ、5分でいい。時間かせげる?あなたがただ者じゃないのはわかったわ」

「なんのために?」

「アタシの召喚術式は対象の大きさと具現化している時間に比例した体力を消耗する。空飛ぶモノを出すから手伝ってほしいの」

「よく分からないけど、こちらにも利があるなら構わないわ」

「今まで味わったことのないアトラクションを体験させてあげるわ。気がつけばもうあの裂け目の中よ」

「それは素敵ね。のるわ」

ヒュッと飛び出したエリカはスカートの裏から数本の長い針を取り出す。彼女の武器である。

戦闘開始。

「ウガアアアアアアッ!」

まずは三体の夜族が飛び込んでくる。エリカはすかさず針を飛ばし、見事に三体の急所を一撃ずつで貫く。

次の夜族の襲撃は全方位からの突撃。

対してエリカは高く垂直に跳躍しながらくるりと回転する。

「・・・百弐拾捌式『五月雨』」

ズドドドドドドドドド!

その技の名のごとくエリカのスカートの中より128本の針が雨のごとく降り注ぎ、数で攻めた夜族を貫いた。

続いてエリカの着地を狙っての魔術攻撃に対し、エリカは左耳のイヤリングを指で弾く。


リィン・・・


エリカ以外の時が止まった。優雅に着地するとエリカは再びイヤリングを弾く。時が再び動き出した。

相手からすると瞬間移動したかのように見える。一瞬でエリカは魔術を放った夜族たちの背後にまわりこみ、こめかみに針を突き刺した。

「・・・グルゥ」

さすがにたじろぐ夜族たち。時間稼ぎは十分だった。

「エリカ!のって!」

フィーアが召喚したモノ、それは小型のプロペラ機だった。己の勘でエンジンをかけ、運転しているためまだ操縦に慣れていない。

エリカはタイミングを合わせて跳躍し、フィーアの伸ばした手につかまった。

「翔ぶわよ!」

翔ぶというよりは森のはずれの崖から落下したのだが、運よく機体を上げることに成功し、二人は急速で天空の裂け目へと突っ込んでいった。

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