第8話 戦い
オッサンが見積もりを持ってきたのは、宇宙標準時で翌日の午後だった。
「これでも値引きした方なんだが、やられ方が半端じゃなくてな。ほぼ分解整備だ」
オッサンがタブレット端末で提示した額を見て、私は何も言わずそのまま承認ボタンをタップした。これで、私の秘密口座から自動的にお金が引き落とされる。こういう家業は基本的に現金でのやり取りではあるが、額があまりにも大きいとこういう事もある。
「よし、それじゃ作業にかかるぞ。急ぎでやるが3日はかかると思う。それまでゆっくりしていってくれ」
オッサンはそう言い残してラウンジから出て行った。
「珍しく値切らないのね」
アリシアが茶々を入れてきた。
「まぁ、ここはぼったくらないし腕は確かだからね。こういうのは信用なの」
正当な作業には正当な対価を支払う。当たり前だがなかなか難しい。ここのオッサンはこの家業にしては珍しく嘘はつかないので、私も言い値で払うのだ。値切ったりしたらお互いの信用が崩れてしまう。
「信用ねぇ……。そういえば、セシルはなんで私と組んだの? 出会ったころ私はまだこの家業を始めて1ヶ月も経っていないペーペーだったのに」
カウンター席に座るアリシアが聞いてきた。
「うーん、そうね。こういうのは理屈じゃないんだな。いわば泥棒の勘ってやつ?」
私がそう返すとアリシアは笑った。
「そう言うと思ってた。でも、これは真面目な話。ずっと気になっていたのよ」
……うーん、ちょっと真面目になるか。
「まあ、強いていうなら、あなたがペーペーだったからよ。変な癖がない分やりやすいからさ。ベテランは頼りになりそうに見えて癖があるから、かえってやりにくいのよね」
私はソファに横になった。そう、私がベテランとは真逆のど素人だったアリシアをパートナーにした理由は、概ねそんなところだった。素人の方が付き合いやすく、なおかつ同性ならややこしい事にはならないからだ。もっとも、どうもこっちは怪しいが……。
「なるほどね。確かに一理あるわ」
アリシアは納得したらしく、1人でうなずいた。そして、前も歌った子守歌を歌い始める。この嫌でも眠くなってくる歌は反則だ。もはや催眠兵器といってもいい。起きてからそれほど時間が経ってないというのに、私は眠りの淵に立っていた。おやすみ……。
『ビー!!』
せっかく心地よく寝たと思ったら、けたたましいアラームで起こされた。なんか、前もこのパターンだったような……。
『スペパト艦隊接近中。目視で5隻以上!!』
オッサンの慌てた声が聞こえた。スペパトとはスペースパトロールの非公認略称である。当然前回とはとは違う場所に移動しているが、それでも追いかけてくるとは……。
「全くしっつこいわね……」
5隻以上となると、この船の固定武装は使えない。確実に撃ち負ける。元々ドック船は戦闘用には出来ていないのだ。
「オッサン、アレは使えるの?」
私はオッサンに返した。
『もちろん整備はしてあるが、あんなオンボロでどうする気だ?』
ドックの雑音に紛れて、オッサンが問いかけてきた。ちなみに、このドック船の操縦席は広大なドックの一角にある。
「邪魔者を追い払いに行くだけよ。うちの船はまだ動かせないでしょ?」
私は言いながらソファを立った。アリシアはそれが当たり前だと言わんばかりに、私の右横に立つ。
『あんまり無茶するなよ。あくまで、見えるのが5隻だからな』
オッサンの声が聞こえ、ラウンジの床に円が描かれた。そして透明なチューブがせり上がってくる。
「アリシア、もう分かってると思うけど、これからやることはかなり危険な事よ。留まるならここに……」
「それで、セシルの戦死報告を聞くと……いいアイディアだけど、私はごめんだわ」
私の言葉を遮ってアリシアはそう言ってうなずいた。
「分かった。死なば諸共ってね」
私がそう言うと、アリシアは笑った。
「あはは、死ぬ気なんてないでしょ」
「まあね」
アリシアの言葉にうなずいて答え、私は円筒形の中に足を踏み入れた、アリシアも続く。プシューという音が聞こえ、ドアがロックされる。気密が確保された事を示す緑のランプが点灯すると、チューブ状のエレベータは急速に降下していった。周囲が透明なので外の様子がよく分かる。見る間に降下していき、最下層の開放型ドックに入ると、そこには1隻の見るからに旧型の小型船が停泊していた。
「ラーダ級小型艇。今の時代に大砲積んだ船なんて見ないでしょ?」
そう、今まさに私たちを受け入れようとしているのは、魚みたいな形をした3連装小型砲台を積んだ船だった。これは最終型のSP5型だが、申し訳程度に対艦ミサイルを2発無理矢理積んだだけで、あくまでも主武装は大砲である。こんな船もうとっくにスクラップだが、コレクターが少なからずいるのも事実で、何がいいのか分からないがここのオッサンもその1人だ。
「さてと……」
エレベータの床面が消滅し、私たちは船のエアロックの上に立った。クソ重いレバーを回して扉を開け、スルスルと中に入ると扉を閉める。この辺りは慣れたものだ。ここはチェンバーと呼ばれる気圧調整用の小部屋だが、船内の気圧は約1気圧。このまま内扉を開けても問題ない。私は扉のくっっっそ重たいハンドルを回し、船内に入った。鼻に押し寄せるいかにも旧型船の匂い。男のロマンってか?
「へぇ、なかなか雰囲気あっていいじゃない。悪くないわね」
……ここにもいた。ロマン様が。
「それは、コックピットに行ってから言った方がいいわよ」
私はアリシアを連れて船の先端に向かう。元々小型なので、それほどの距離はない。
「わーお、これぞまさにロマン!!」
そこには、ありったけの面積を確保して無数のスイッチやボタンが並ぶ、今の子にではエンジンも掛けられないであろう、まさにロマン派にはたまらないであろう光景が広がっていた。ちなみに、計器類もほぼアナログである。画面はコンソール中央に申し訳ない程度に1つあるだけだ。
「ロマンに浸っている場合じゃないわよ。起動に時間が掛かるから急がないと」
私は左側の機関士席に座ると、所定の順序でスイッチをONにする。もちろん、ロマンのトグルスイッチだ。瞬間、背後でキーンという魔道ジェネレータが起動する音が聞こえた。
えっ、なんでスムーズに操作しているのかって? 簡単な話、あのおっさんに仕込まれたのだ。
「アリシア、ジェネレータが安定するまでエンジン起動出来ないから、ちょっと待ってね」
バチバチとスイッチを弾きながら、私はアリシアに言った。そう、これが面倒なのだ。初期に近い魔道ジェネレータは安定するのに時間が掛かる上に、安定する前にシステムに接続すると「エンスト」を起こす。古き良き時代ならいいが、今時こんな事やってたら動けるようになる前に撃沈されるだろう。
「アリシア、そっちのヘッドセット付けて」
今時こんなのもないが、わたしはアリシアに言った。自分も馬鹿でかいイヤホンが付いたヘッド・セットを付けた。
「オッサン、聞こえる?」
私は外部電源で動いている無線で声を掛けた。
『ああ、聞こえるよ。スペパト艦隊が目視で15に増えた。どう考えても『ドライブ』には向いてないぜ』
……15か。きっついな。
「今ボロ船を暖機運転してる。あと5分くらいだけど、何とか誤魔化せそう?」
かなりイライラしながら、私は無線で問いかけた。
『誤魔化すしかないだろう。さっき発光信号で投降を呼びかけてきた。適当にあしらっている最中だ』
オッサンはオッサンの戦い、私たちは私たちの戦いか……。その時、ジェネレータが安定した事を示すポーンという音がヘッドセットから聞こえた。
「外部電源プラグ強制排除。ジェネレータシステム接続!!」
船内が一瞬暗くなった後、また元に戻った。膨大な文字列が1つしかない画面を流れていく。そう、このボロ船には最低限の生命維持装置を可動させるためのバッテリしか積んでいない。今時、外部電源を外しただけで……やめよう。
「アリシア、いくわよ!!」
「ほいきた」
ヘッドセットからアリシアの声が聞こえた。勢いよく宇宙に飛び出したいが、ドック内でエンジンを吹かすバカはいないだろう。色々破壊してしまう。アリシアはスラスタという小型のエンジンみたいなもので、慎重に船を宇宙に出した。
「エンジン起動!!」
私はコンソールパネルにあるボタンを押した。ジェネレータの音が高まり、船が一気に加速する。積んでいるエンジンはこれまた古き良き時代のものだが、船が軽いので速度面は数少ない武器の1つだ。
「スペパト艦隊目視で確認。先頭艦に向けて、対艦ミサイル発射!!」
いかにも後付け感のあるコンソールを弄り、私は正対したスペパト艦隊の1番先頭にいた艦に向かって対艦ミサイルを放った。ドゴン、シュー!!とヘッドセットを付けていても聞こえてきた轟音と共に、ミサイルは狙い違わず命中した。
……うそ、当たっちゃった!?
正直、こんな何世代も前の対艦ミサイルが命中するとは思っていなかった。単に混乱させるのが目的だったのに……。
「アリシア、あいつの下を通って艦隊のど真ん中に突っ込んで!!」
「了解」
ともあれ、命中したのならそれでよし。アリシアの操縦で徐々に航行姿勢が崩れてきた先頭艦の下をくぐり抜け、私たちは艦隊のど真ん中に突っ込んだ。こうしていれば、同士討ちの危険があるのでスペパト艦隊は何も出来ない。その隙に私は主砲を片っ端から撃ちまくった。前にも述べた気もするが、レーザ、魔力弾、実弾に対応するシールドはそれぞれ違う。レーザーと魔力弾は大体セットなのでシールドも同様にこの2つは常用しているが、私たちみたいなアウトローでもない限り、実体弾のシールドは常時使っていない場合が多い。そこら中で砲弾が命中し、案の定スペパト艦隊は大混乱に陥った。艦同士が衝突したり、なにを血迷ったかレーザーで撃ち合って自滅したり、もうメチャクチャだった。
「なかなかの見物ね。こんなボロ船相手に混乱しちゃって」
こんな愉快な事はそうそうない。いたずらっ子気分である。
「セシル、ますます惚れたわ。普通こんなことありえないわよ」
アリシアも上機嫌のご様子。惚れたとか言う単語は流す……。
「さて、最後の仕事しましょうか。旗艦を潰すわよ」
モニターをレーダーレンジに設定すると、大混乱の艦隊からやや後方に大型艦がいる事が分かる。
「ほら、見えてきた。ゴルザベート級戦艦か……」
こちらもロートルなら、あちらもロートルである。巨大なくさび形船体に3連装砲塔を3つ備え、いかにも強そうではあるが、建造されたのはこちらより古いだろう。アンテナがかなりの数ある所を見ると、通信機能の増強を行っている事が分かる。まあ、旗艦とは本来そういうものだ。戦闘は若い者に任せて、旗艦は後方で情報収集や指揮に当たる。定石通りの布陣だ。
「1番2番3番、チャフ弾装塡……」
私はつぶやきながら、コンソールパネルのスイッチやらボタンやらを弾く。
「発射!!」
ドン!!と強い衝撃が走り、前方に見えている主砲から砲弾が発射された。それは敵艦の近くまで飛ぶと爆裂して中の物が飛散する。砲弾中に込められた物はわずかな炸薬と大量の様々な長さに切られた金属片である。細かい話しは抜きにして、これはレーダーや通信に使われる電波を妨害する効果がある。つまり、私は旗艦の生命線である「目」と「耳」と「声」を潰したのだ。さぞや混乱している事だろう。
「アリシア、アイツの後部について!!」
私はアリシアに声を飛ばす。その間にも私は砲弾を装塡。今度は装甲を貫き爆破するための徹甲榴弾。全く手間が掛かる。
「了解!!」
アリシアから声が反ってくるその間に、私は準備が完了していた。私たちの船はあっという間に旗艦の腹下に潜り込み、そのまま後部の巨大なエンジンが丸見えの所に付いた。どんな巨体でも弱点はある。例えば、後部にでっかい口を開けているエンジンとか。
「さてと……」
仕上げに掛かろうとした時だった。
「セシル、砲塔が動いてる!!」
主語がないが、それでも分かる。
「腹下に待避!!」
私が叫んだ瞬間。大艦巨砲主義全盛期のロートルが放った砲弾が、私たちの船を軽くかすめた。しかし、軽くとは言っても腐っても大口径砲だ。派手な振動が船を揺さぶる。
「んなろ!!」
私はとりあえず装塡済みの砲弾を、腹下に向けて放った。ここも弱点の1つではあるが、果たして小型砲艦程度の砲撃が効くか。相手は腐っても戦艦だ。案の定、砲弾は全て装甲で弾かれてしまった。
「さすがに固いわね……」
やはり、狙うなら最後部のエンジンしかない。
「あのポンコツが次弾を装塡するまでがチャンス。アリシア、もう一回やるわよ!!」
こちらはすでに次弾を装塡してある。
「了解。こういう肉薄戦も楽しいわね」
……何を楽しんでいる。アリシアよ。
私たちの船は再び船の後部に出た。そして、間髪入れず主砲を発射する。砲弾の直撃を受けたエンジンから派手な火花が上がり、大爆発が起きた。
「おまけ!!」
私は残りの対艦ミサイル1発を放った。先ほどチャフ弾で盛大に金属片をばらまいたのでレーダー誘導は使えない。現在ではあり得ないが、このミサイルはなんと目視誘導が可能なのだ。天井から降りてきた双眼鏡のような照準器を覗き、菱形の上にぽつんと飛び出た艦橋に向かってミサイルを誘導する。なんとあり得ない事に今の誘導方式は有線。つまり、この照準器で覗いた場所に向かって、有線信号でミサイルが飛んでいくという恐ろしく原始的なシステムだが、ロートルにはロートルの戦い方がある。程なくミサイルは艦橋に命中し派手な爆発を起こした。
「さて、戻りましょうか。久々に暴れてスッキリしたし」
まだ航行出来る艦が航行不能になった艦を牽引するという情けない状態で撤収していくスペパト艦隊を遠目に見ながら、私たちはドック船へと帰還したのだった。
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